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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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 田島の言葉に、佐藤は口角を上げて微笑んだ。飲み込みが早い。自分の置かれた状況が更新されても、それをすぐ理解できるだけの機転がある。
「わたしの仕事は、昨日の夜に終わってる。お金は、そこの金庫の上にあったからね」
「……、中村は? 今みたいに、腕固めたんか?」
 言いながら、田島はその様子を想像して笑った。佐藤も、少しだけ声に出して笑った。
「違う方法で、説得したよ」
「俺、高校を出てすぐ、ここで働いとったんやけど。ナカムーのことは、一回も疑わんかった」
 田島は、ヘルメットのケースに表情を浮かび上がらせるように、少しだけ肩を落とした。佐藤は言った。
「寄松さんの役割は分かる?」
「フランケン? あいつはタクシーの運転手や。隣のラーメン屋の常連で、中村とも仲がええけど。戸波を殴ったんは、フランケンなんかな?」
「どうかな」
 佐藤が言った時、シャッターが波打つように揺れた。ヘルメットのケース越しに口を塞ぐと、佐藤は田島の耳元で言った。
「喋ったらあかんよ」
 耳を澄ませていると、波打ったシャッターが破裂音を立ててぐらつき、外にいる人間が蹴ったということが分かった。佐藤は、蹴りに続く言葉を待った。
「中村ぁ!」
 寄松の声。田島はそれを伝えようと、シャッターの方向を指差した。佐藤は小声で言った。
「あれが、寄松?」
 田島はうなずいた。佐藤はポケットに手を伸ばして、アイスピックに触れた。中に誘い込めるように鍵を開けていたのに、田島が閉めたことで、手間が増えた。他に入口はないから、寄松にできることは、せいぜい声を張って、シャッターを蹴飛ばすぐらい。革靴の足音がしばらく外をうろついていたが、ドアが閉まる音とタイヤが小さく鳴く音で、走り去ったことが分かると、佐藤はポケットから手を抜いた。
「機嫌、悪かったね。隣のラーメン屋さんに、よく来るん?」
 中村と寄松のコンビで、五千万円を山分けにする予定だったのだろう。佐藤がシャッターを見つめていると、田島は言った。
「週イチぐらいのペースで」
「そうなんや」
 佐藤はシャッターの鍵を開けた。田島は、佐藤が出て行こうとしていることに気づいて、言った。
「ちょっと、どこ行くん?」
「帰る。バイバイ」
「待ってよ、俺はどうしたらいいんよ?」
 田島が言うと、佐藤はシャッターから手を離した。
「最初に言ったでしょ。町を出てって。家とか職場とか。近づいたら、見つかるよ」
「誰に? そいつが戸波と坂間を殺したんやろ?」
 佐藤は何も答えなかったが、ナンバープレートを読み上げた。
「覚えた? このナンバーのスカイラインを見ても、絶対近寄らないでよ」
 その反応を見た佐藤は、田島がゴルフに乗っていた一人だと確信した。バックミラー越しのシルエットからすると、助手席の背の高い方だろう。そのゴルフは今、店の手前に停められている。佐藤は再びシャッターに手をかけて、力を込める前に言った。
「姿を消す前に誰かに会っときたいとか、やめてね。これからあなたが話した人間は、一人残らず死ぬ。そう思ってて」
 空気が再び静かになり、羽交い絞めされた時に移った香水の匂いだけが残った。田島はヘルメットのケースを外すと、まだ跳ねまわっている心臓の動悸を押さえるように、少しだけ背中を丸めた。橋野の携帯電話を鳴らそうとすると、すでにメールが二件入っていた。
『スカイラインを見つけた。港の駐車場におったわ。右前が潰れてる』
 まるで人でも轢いたみたいに。田島の頭に浮かんだ言葉を、次のメールが補足していた。
『戸波を轢いたんは、この車かもしれん』
 ついさっき言われたばかりのことを思い出した田島は、慌てて返信を打った。
『近寄るなよ』
『探せって言うたやん』
 返信を考えるよりも、電話をかける方が早い。田島は電気を消すと、シャッターを開けて外に出た。眩しさに目を細めながら周りを見回したが、人影はどちらの方向にもなく、遠くに停めた自分のバンディットだけが見えた。その方向に歩きながら、田島は橋野の携帯電話を鳴らした。
「もしもし、スカイラインの件はありがと。絶対近寄るなよ」
「ゆうてること、めちゃくちゃやがな。なんかあったんか?」
 橋野の声は風の音にかき消されそうになっていて、海に近い場所で話しているというのが分かった。田島は声の音量を上げた。
「今、中村屋にいてる。なんか、女が待ち伏せしてて、脅された」
「は? 待ってや。なんやねんそれ」
「町を出ろって、はっきり言われた。後、俺らが探してたスカイラインには、絶対近寄るなって。お前は大丈夫やと思うけど……、分からんくなってきた」
「田島、お前は大丈夫なんか?」
 橋野は少しだけ風の弱いところへ移動したらしく、その心配そうな声色はスピーカー越しに痛いほど伝わった。
「俺か? どうやろな。分からん」
 本当に、分からなかった。田島が黙っていると、橋野が驚いたような声を上げた。沈黙に耐え切れなくなり、田島は言った。
「ハッシー?」
「あいつや、運転手。あのスカイラインに乗って、出てったぞ」
 橋野は、まだスカイラインが見える位置にいる。田島は自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。今の体にうんざりして、新しい居場所を見つけに出て行くのではないかと思えるぐらいの、衝撃だった。
「運転手? あのぼうっとしてたやつか?」
 答えを聞くまでもない。あいつが、関係者を狩っている。田島は、橋野に念押しするように言った。
「もうおらんのやんな? お前も早く家に帰った方がいい」
 電話を切ってすぐに、頭の中に運転手の顔が現れ、自分の居場所を確保し始めた。考えを整理しようとしたが、ほとんどの場所を先回りするように、頭の中は、あのぼんやりとした顔で埋め尽くされていった。バンディットのクラッチを握り込んだところで手が止まり、左足がギアを入れても、まだ体が動かなかった。町を出る、という短い言葉。あの女の言っていることを実行するなら、このまま高速道路に乗って、どこまでも走るべきだ。しかし、あのスカイラインは、港から出て一体どこへ行ったのか。戸波と坂間は、簡単に追いつかれた。田島は一度咳ばらいをした。橋野の言う通り、あの運転手が関係者を殺して回っているなら、結局、どこにいても追われるのだ。それなら、後ろから追いつかれるよりは、正面から会えたほうがいい気もする。その時、自分がどうしたいのかは分からない。強盗を企てたのはこちらの方だから、あの運転手にも、それ相応の報復をする権利はある。この町に点在する、なじみ深い場所。田島は、一つ一つを思い浮かべながら、バンディットを走らせた。スカイラインが幽霊のように現れて、正面衝突を挑んでくるなら、それでも構わない。すでに死んでいる人間が、本当に死ぬだけのことだ。
作品名:Split 作家名:オオサカタロウ