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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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 かつて住んでいた町。虫食いのように、消えていった名前と、残った名前がある。橋野は、近代的な外見の雑居ビルを探した。横文字の会社がびっしりと入居している。SNSで簡単に見つかった名前。藤川陽子。地元に残り、輸入生活雑貨の会社を興した。ビルの駐車場へゴルフを入れると、橋野は藤川の姿を探した。SNSを通じて連絡を取ったのは、二週間前。藤川は、文化祭の日に交わしたテニスについての会話を覚えていた。橋野がビルの周りを二往復した時、後ろから声がかかった。
「橋野くん」
 橋野は振り返ると、藤川は、いかにも代表らしく澄ました出で立ちで、中古車屋の店主には手の届かないオーラを醸し出していた。十六歳の時に、二十分程度話しただけだが、顔ははっきりと覚えている。今でも面影はあるが、当時はもっと内気で、自信がないように見えた。
「藤川さん、久しぶり」
「見つけやすかったでしょ」
 藤川はそう言って、笑った。七階に案内され、社屋の中を通る時に、橋野は言った。
「スーツ着てきたらよかったかな。ごめん」
「誰も気にせんよ」
 藤川はそう言ったが、十数人いる社員の目が、藤川に気づかれないぎりぎりの角度で、自分を追尾している。橋野は全員から目を逸らせ続けるのは不可能だと察して、少しだけ胸を張った。藤川の部屋は会議室と同じ大きさだったが、ガラス張りのパーティションで区切られていて、机や椅子はいかにも代表らしい風格があった。手前に対面する形で置かれた二組のソファを指すと、藤川は言った。
「ちょっと待ってて。コーヒー持ってくるから。気の利く会社でしょ」
 結局、貰った文化祭のチケットを使うことはなかった。橋野は当時を思い出しながら、社長室を見回した。思い出と重なる部分は、一つもない。紙コップに入ったコーヒーを二つ持ってくると、藤川はソファに腰を下ろした。
「お店のサイト見たよ。旧車って、あんな高いんや」
「今の車より、錆びやすいのよ。部品もないし」
 そこまで言って、橋野は思い出したように名刺を取り出すと、藤川と交換した。
「もし、興味が沸いたら、是非連絡ください」
「マニュアル、運転できんよ。友達にマニアがおるから、勧めとくわ」
 藤川はコーヒーを一口飲むと、社長室を見渡した。
「かっこいいっしょ。一代で興したとか言いたいけど、お父さんが助けてくれんかったら、できんかった」
「かっこいいよ。俺、二十分しか話さんかったけど、賢い人やってのは、分かったし」
「明るい橋野くんと、強面の田島くん」
 藤川はそう言って、コーヒーの波面に視線を落とした。橋野は笑った。田島が単に強面と解釈されているなら、そのイメージは十八年の間に相当省略されて、コンパクトになっている。
「なんか、気まずいんか楽しいんか、分からんかったわ。あの後、やたら噂されたで」
「どういうこと?」
「いや、うちのクラスで女子が訪ねて来たん、二人だけやったから」
 橋野が言うと、藤川は当時のことを思い出すように、目を細めた。
「佳代は、一旦こうって決めたら、絶対に譲らんかったわ。陽子ちゃん、ここの文化祭行きたい。この一言で、私の予定も決まった感じ」
 華崎の目には、強い意志があった。当時交わした短い会話の中で、その視線が、何度か自分の方を向いた時の印象。それは、藤川の人物評の通りだった。
「うちの文化祭、なんで来んかったん。佳代、怒ってた」
「俺が来んかったから?」
「うん。田島くんのことは諦めてたみたいやけど、君らしばらく、人見知りブラザーズって呼ばれてたで」
「なんで、俺までセットなんよ」
 しばらく笑った後、藤川は言った。
「変わらんね。そろそろ行こか。ちょっと待ってて」
 藤川はソファから体を起こし、コートをハンガーから取った。今までに何百回とやってきたように慣れた仕草で社長室から出ると、言った。
「私、ちょっと外出するから。直帰じゃないよ」
 橋野は、藤川の後をついて社屋から出ながら、入ってきた時と同じ手順で追尾する社員の目を、少しだけ俯いて振り払った。
      
      
作品名:Split 作家名:オオサカタロウ