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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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 橋野の言葉に、田島はうなずいた。しばらく黙っていたが、ようやく呟くように言った。
「覚えてる。あいつは、中学校の時の友達やった。一年の時によう喋った」
「なんか、あったんか? あん時、宿敵かっつうぐらいに、喋らんかったけど」
 橋野は、一緒に来ていた藤川の顔も思い出していた。当時、連絡先を交換したが、携帯電話を更新する内に電話帳から落ちて、今はどうしているのか、全く分からない。信号待ちでノアを停めた田島が言った。
「なんもないよ。でも、仲が良かったん、中一のときやぞ」
「あの子は、田島は自分のことが嫌いなだけなんやって、言うてた。お前、そんな印象を持たせたまんまでええんか?」
 橋野が言うと、田島は一つの結論に思い当たったように、一度瞬きをした。
「このまま、町を出る羽目になるとか、そういうこと考えてんのか?」
「もし、警察に追われたらどうする? 全部放って、出て行けるか?」
 青信号に変わり、ノアを走らせながら、田島は首を横に振った。
「そんな風に思われてるんやったら、消える前に誤解は解きたいな」
 いつもの、皮肉屋の口調。橋野はそれ以上話す気を失くして、ヘッドレストに頭を預けた。
       
 スカイラインを倉庫の手前で停めると、柏原はPDAを取り出して、佐藤が金を取り返したことを簡潔に書き留めた。再度、車を交換した時、佐藤はトランクを開けた。ルートバンに中村の死体を移し、寝袋を開くと、深く突き刺さったアイスピックを抜き、真っ赤に充血した左目の上にガーゼを貼り付けた。アイスピックの血を拭うと、ポケットに仕舞い込んで、言った。
『お金は、わたしが持って行くから。先に様子を見に行ってほしい』
 柏原からすれば、佐藤は年下の先輩だった。組織に入った時、銃の扱い方こそ知っていたが、使い物になったのはそれぐらいで、それ以外の生き抜く方法は、大半を佐藤から教わった。スカイラインを反転させて倉庫の中に入れると、暇を持て余した様子の穂坂と植芝が、トランプをしているのが見えた。エンジンを停めると、柏原はスカイラインから降りて、穂坂に言った。
「全額回収しました。もう一台で、佐藤が運んでます」
 穂坂は今世紀最大の悩み事から解放されたように、手元の札を全てテーブル上に開けた。植芝は目を丸くすると、同じようにテーブル上に札を置いた。
「負けてましたね、危なかった」
 穂坂は自分の手札を誇らしげに眺めてから、植芝に笑いかけた。柏原の方を向いて、ホワイトボードに描かれた王冠のマークを指差した。
「つまり、中村が持ってたと? あいつは曲者でね。まあ昔から、付き合いづらい奴でした。よう、諦めましたな」
 柏原が口角を上げるだけにして、無言で応じると、その意味を悟った穂坂は、目を見開いた。
「そうですか」
 そのやり取りを見ていた植芝は、中村がもうこの世にいないということを悟り、二人の内どちらが手を下したのかという事を、考え始めた。手口やそのスピードを想像するに連れて、トランプの手札は色を失っていき、意味のないただの絵柄に格下げされた。穂坂はレクサスを指差すと、言った。
「あのレクサスも、表には出せん」
 柏原は、穂坂の指の方向へ顔を向けた。
「スクラップにするなら、うちらでやりましょうか?」
「よろしく頼むわ」
 穂坂が言い、柏原は携帯電話を取り出すと、佐藤にかけた。
「レクサスも処分する。戻って来てくれ」
 電話を切り、柏原はレクサスのドアを四枚とも開けた。左の後部ドアには血の跡がついていて、右後部のサイドウィンドウは粉々に割れている。
「思いつく私物は、全部出してください」
 柏原が言い、穂坂がセンターコンソールからお守りを摘まみ上げた。
「今回、あかんかったなあ。いや、金が返ってきたんやから、万々歳か」
 柏原は後部に回り、リアバンパーの傷跡を目で確認した。警察に止められるような傷ではない。サイドウィンドウさえビニールで養生すれば、港までたどり着けるだろう。植芝はダッシュボードを開けると、車検証の冊子を取り出した。そのまま後部に回って、左手に持ったナイフで柏原の背中を刺した。抜いた傷口から血が流れ出して、柏原は振り返ろうとしたが、断裂した筋肉組織に阻まれて力が入らず、トランクに半分体を預けたまま、植芝を見上げた。植芝は、穂坂に向かってまっすぐ歩いていくと、言った。
「神経質ですんませんね」
 背を向けて逃げようとした穂坂の襟首を捕まえると、首を横一文字に切り裂いて、植芝は穂坂の体を前のめりに倒した。砂交じりの地面に血が溢れ出していき、自身の体よりも大きい模様になった時、穂坂は動かなくなった。植芝はレクサスの運転席に座ると、灯火類が全て作動することを確認した。倉庫から出すと、高い草が生えている脇に下げて、ヘッドライトを消した。大きなスライド型の正面扉を閉じた時、後頭部を一度押さえた。血は完全に止まっている。運転席に戻ってからも、植芝は何度か、後頭部の具合を確認した。
 十分も経たない内にディーゼルエンジンの音が聞こえてきて、植芝は集中力を高めるために、ハンドルを力一杯握り、ゆっくりと力を開放した。ルートバンがゆっくりと停車し、その横っ腹を晒した時、植芝はアクセルを底まで踏み込んだ。二百八十馬力が太い後輪に伝わり、一瞬の内に加速したレクサスGSは車体の底を掬うように吹き飛ばし、真横に横転したルートバンは柱に激突して止まった。エアバッグを顔の前から払うと、植芝はフロントが大破したレクサスから降りて、割れたリアウィンドウ越しに、横転したルートバンの中を覗き込んだ。佐藤がシートベルトに吊られた状態で意識を失っているのが見え、ダッフルバッグは目の前にあった。車外に取り出してファスナーを開いた植芝は、現金の束であることを確認してから、ラジエターから白煙を上げるレクサスを倉庫の中へ戻した。上着を脱いで傷の止血をしている柏原の元に歩み寄ると、地面に落ちたPDAを拾い上げてカメラ機能を起動し、ホワイトボードの写真を撮った。柏原が掴もうとする手を、植芝は足で押しのけた。
「深追いすんなよ。これ警察に渡ったら、廃業やろ」
 植芝は、スカイラインのトランクにダッフルバッグを入れると、運転席に座り、ヘッドライトとウィンカーが点くことを確認した。自分でも、神経質な性格であるのは理解している。それでも、人から指摘されるのは嫌いだ。また、海外へ出て行く時が来たのだ。五千万円があれば、現地に着いてからも、大抵の都合はつくだろう。脱出経路は、中古車を輸出入するカーフェリーの船長。連絡を入れるとすれば、十一年ぶり。スカイラインを倉庫から出して国道に合流した時、植芝はこの数時間で初めて、後頭部の痛みを忘れていることに気づいた。
    
 町を出ろ。そんなこと、言えるわけない。戸波は、自身も町を出る用意などしておらず、バイト先のガソリンスタンドにふらりと立ち寄って、休憩中の同僚と話していた。休憩を終えた同僚は、『俺の仕事ぶりを見とけよ』と言って張り切っていたが、深夜に客が来ることもなく、四月にはセルフ方式に切り替えられる予定だった。
「この深夜のシフトも、いよいよ見納めやな」
 戸波はそう言うと、ストーブの前から立ち上がった。
「行くわ」
作品名:Split 作家名:オオサカタロウ