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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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「ゴルフ、返しに行かなあかんやろ」
 車庫のシャッターをそろそろと開け、橋野はゴルフのボンネットを開けた。ノアのフロントを半分車庫に突っ込んで、田島はケーブルを繋いだ。橋野がキーを捻ると、今まで全く言うことを聞かなかったのが嘘のように、ゴルフは息を吹き返した。大慌てでケーブルを片付けると、田島はノアの運転席に戻って、後退させた。橋野はゴルフのボンネットを閉めて運転席に乗り込むと、一速に入れて車庫から出した。シャッターをできるだけ静かに閉じた時、視線を感じた橋野は家の二階を見上げた。いつの間にか歯ぎしりを中断した直弘が窓から顔を出していて、田島と橋野に手を振った。田島が手を振り返し、橋野は、声に出さずに口だけで『寝とけ』と言うと、ゴルフに乗り込んだ。バイパスに合流する手前の路側帯にノアを寄せると、田島は運転席から降りた。橋野は、すぐ後ろに停めたゴルフから降りて、言った。
「どうしたん?」
 田島は車の音にかき消されないよう、大きめの声で言った。
「中村屋の前まで行く?」
「他のとこに置いたら、パクられるかもしれんで」
 橋野にとって最も気がかりなのは、車本体が盗まれる事だった。それこそ、言い訳ができなくなってしまう。そう思った時、ノアの運転席に戻ろうときびすを返した田島の肩を掴んで、橋野は言った。
「待って。フランケンのタクシー。ナンバー、覚えてる?」
 振り返った田島は宙を見上げたが、すぐに思い出したように四桁の数字を口に出した。それは、橋野が記憶している通りだった。
「やんな? なんか、違うナンバーつけて走ってんの、見たんやけど」
 橋野は、自分でもそれが意味することを理解していなかったが、田島は首を傾げて、さらに理解できないように、小さく唸った。
「あいつも、関わっとったんかな」
「てかさ、そのノア、家の車やろ?」
「そうやで、出してきた」
 田島の私生活を知る人間は少ない。橋野自身も、金持ちだというのを聞いたぐらいだったが、何をするにも不自由しない生活を送っているのは、傷一つない新車のノアを見ていれば、想像がつく。
「見られたら、良くないんちゃう?」
 田島は、橋野の慎重さを笑い飛ばそうとしたが、表情も声もうまく作れなかった。
「途中コインパに置いて、ゴルフ一台で行こう。前を一回通り過ぎた方がいいかもな」
 田島は返事を待つことなく、運転席に戻っていった。
       
 寄松にはそれらしい事を言ったが、実際には、この五千万円は洗う必要はない。しわくちゃの現金の束なのだから。寄松は今まで通り、タクシーで走り回ってりゃいい。それこそ、手遅れになるまで。中村は、ダッフルバッグを金庫の上に置き、二十年以上過ごしてきた自分の城を見回した。即席の作業場がどけられて、ぽっかりと穴が空いたようになっている。最初に整備したバイク、どうしても息を吹き返さなかったバイク、色々と思い出せることはある。一介の整備士から独立して、バイク屋をスタートした時は、整備のみで飯を食うつもりだった。新車販売に手を出したのは、九十年代の初め。その頃に、寄松と知り合った。当時からタクシー運転手で、とにかく一日中走り回っていた。何社か渡り歩いているが、決まって運転を仕事にしている。中村自身も、二十代の頃から、バイクという分野を離れたことはなかった。そんな中で仕入れられる『儲け話』は、限られている。バイク屋は、バイク好きの話しか聞くことができない。タクシー運転手には、到底かなわない。穂坂の成金話を知ったのも、寄松が仕入れた噂話がきっかけだったから、そういう意味では、これは寄松のヤマだ。十五年を越える知り合い。五千万円を前にすると、その価値は相当目減りすると思っていたし、実際に手にしたら、どうでもよくなっていた。
「ほな、さいなら」
 中村は新しい煙草の封を切った。明日には、『中村屋』は消える。寄松はラーメンを食べに寄って、自分が置かれた立場に気づくだろう。ヘッドホンを耳に被せると、中村はラジカセのスイッチを入れた。入っているCDは、十五年前から同じ。ストーンズのレットイットブリード。最後の曲は、長すぎて原題を覚えられなかったから、今でも『無情の世界』と呼んでいる。再生ボタンを押して、椅子に深くもたれると、机に短い足を乗せた。すぐ外に車が停まり、半開きになったシャッターに手がかかると、音もなく子供の背ぐらいに持ち上げられたが、中村にとっては、ミックジャガーの歌声が入り込んできたところだった。淡い香水の匂いに中村が目を開けると、真上から女が顔を覗き込んでいた。
「こんばんは」
 中村は立ち上がろうとしたが、机の上に無理をして乗せた足が動かず、佐藤が椅子を蹴飛ばすのと同時に、床に叩きつけられた。ヘッドホンがジャックごと抜けて、スピーカーが続きを担当するように曲を流し始めた。
「お金、返して」
 佐藤は短く言うと、仰向けに転がった中村の喉仏を、パンプスで踏みつけた。中村は息ができなくなり、立ち上がろうとしてもがいていた腕の動きを止めると、呼吸を再度確保することに全力を注ぐように、細く息をしながら、佐藤を見上げた。
「ねえ……、ねえちゃん、何の話やねん」
 佐藤は作業場を見回して、スポーツバッグとダッフルバッグが重なり合うように、金庫の上に置かれてることに気づいた。金属バットが傍らに置かれている。ようやく呼吸が元に戻って、手足の動かし方を思い出した中村は、ヘッドホンをもぎ取るように外し、ラジカセの電源を消した。
「自分な……、人が音楽聴いてるときに、いきなりはあかんぞ。反則や」
 佐藤は無表情で後ずさると、後ろ手でシャッターを完全に下ろした。再び間合いを詰め出した時、中村は金庫の前に立ちはだかった。
「どれだけ苦労したか、あんたに分かるか?」
 佐藤は、ダッフルバッグを指差した。
「それ、中身をひっくり返して」
「人の話を聞け!」
 中村は叫んだが、佐藤は瞬き一つせずに、ダッフルバッグに目を向けた。中村は、ファスナーを開けると、中を見せた。
「全額あるよ。満足か?」
「数えて」
「もう、さっき数えた!」
 中村は地団太を踏むように言うと、動かない佐藤に根負けしたように、札束を床に並べていった。百万円の束が五十あることを確認させて、佐藤がうなずくのと同時に、言った。
「戻せってか?」
 佐藤はうなずいた。中村は乱雑に札束を放り込んでいくと、ファスナーを閉めて、佐藤の足元に蹴った。ずきずきと痛む喉仏に触れて、言った。
「喉、蹴るか普通? ちょっと、煙草吸わせてくれ」
 佐藤の返事を待たずに、中村はポケットから箱を取り出すと、一本をくわえて、火を点けた。深く煙を吸い込みながら、自分に残されたカードについて、考えた。一介の整備士になる前は、どこにでもいるヤンキーだった。喧嘩なら、多少はできるつもりだ。佐藤はダッフルバッグには手を触れず、一服を待っているようだった。中村は一度煙を吐き出すと、言った。
「持ってけよ」
作品名:Split 作家名:オオサカタロウ