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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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 植芝は、そのシルエットから、自分を駐車禁止の看板で殴ったのは戸波だと理解した。首の骨は辛うじて繋がっているが、直撃していたら死んでいた。
「でも、紙しか入ってなかった」
 戸波は呟いた。穂坂と植芝は顔を見合わせた。佐藤は、柏原の方を向いた。柏原は『中身は紙切れ』と書き、その隣に『五千万円は?』と足した。佐藤は仕上げをするように息をつくと、言った。
「計画の最中、誰かに見られましたか? 印象に残る会話を交わしたり、そういうことは?」
 戸波は大きくうなずいた。全て話してしまった方が楽だと頭が認識してからは、栓をしない限りずっと話を続けそうだった。
「ナカムーは、二本の道の、どっちに行くかを見張れって。見張ってたら、警備員のおっさんに声をかけられました。社有地やから勝手に入るなみたいな。その時に、セルシオのナンバープレートを控えられました。斉間って奴でした」
 柏原は新しい顔を描いて、警備員の帽子を足した。ひらがなで名前を書くと、飽きてきたようにペンを回した。植芝は、その名前に見覚えがあった。先月入ったばかりで、事務所の前で待機している時に、挨拶されたことがある。
「中村屋について教えてください。その、ナカムーが店主?」
 佐藤が言った。戸波はうなずいた後、付け足した。
「タクシーの運転手で、寄松って奴がおるんですが、そいつと仲がいいです」
 柏原は、最後に残った顔に名前と、所属するタクシー会社の名前を書き留めたが、末尾に『?』と足した。佐藤は、柏原に言った。
「こんなもんかな?」
 柏原は、佐藤の言葉に対する答えをホワイトボードに求めるように眺めていたが、小さくうなずいた。
「大体分かった」
 佐藤は、戸波の肩に手を置いた。微かに色素の抜けた薄い色の目で、その頭を見下ろしながら、言った。
「戸波さん、お疲れさまでした。今から元の場所に送りますから、すぐに町を出て」
「え?」
 戸波は声の方向を見上げた。佐藤の顔の位置から少しだけずれていたが、佐藤は目を合わせるように視線を下げて、言った。
「引っ越しです。したことある?」
「……、はい」
 佐藤は念押しするように、肩を掴む手に力を込めた。その感覚が痛みに変わり始めた時、戸波は強くうなずいた。
「分かりました。出ます」
「田島さんと坂間さんにも、町を出るよう、伝えてもらえますか?」
 戸波は再びうなずいた。植芝はホワイトボードを眺めながら、その内容を自分なりに理解しようとしていた。全員が町を出たら、どうなる? 自分の考えとは全く別の世界のように、柏原は戸波の足を縛っているタイラップを切った。佐藤がスカイラインのトランクを開けて、柏原は戸波を軽々と担ぎ上げると、言った。
「トランクはどうやった?」
「可もなく、不可もなく……」
 それ以上言う前に、柏原は戸波の体をトランクの中に放り込んだ。巻き戻し映像のようにスカイラインが出て行き、佐藤は穂坂と植芝に言った。
「ご協力、ありがとうございました」
「あいつに殴られた。解放して良かったんですか」
 植芝は、頭の後ろに巻かれた包帯を、佐藤に見せた。佐藤は、包帯の傷を相槌程度に見ると、ホワイトボードに残された情報を見ながら、言った。
「人の名前は揃ったので、お金を回収しに行きます」
 佐藤は赤いマーカーを取り出すと、中村屋に丸を付けた。植芝は、今までに言いたかったことをようやく口に出せる機会を得て、少し前のめりになりながら、言った。
「そこにあるんですか?」
「おそらくは。この三人は駒じゃないですか」
 佐藤は、中学からの連れである三人組には、関心を持っていないようだった。植芝が黙っていると、穂坂が言った。
「取り返してください。勘に従ってもろて、かめへんので」
 佐藤はうなずくと、腕時計に視線を落とした。午後十一時を少し回った。戸波が何かの約束の途中だったとして、地図上から消えたのは約三十五分。遅刻としては、許されるレベルだろうか。植芝がホワイトボードを指して、佐藤の考えを断ち切った。
「その三人は、全員町から出るんですか?」
「お金を取り返したら、中村の興味は三人に向くかもしれませんので」
 佐藤はルートバンから住宅地図を引っ張り出すと、中村屋の住所と照合し、印をつけた。
「お急ぎなら、今晩中に終わらせます」
 穂坂はうなずいた。佐藤はルートバンのスライドドアを閉めて、運転席側に回った。ドアを開けた時、植芝が言った。
「十年、警護をしてきたんです。自分も協力したいんですが」
 佐藤はしばらく考えていたが、結局、機械仕掛けのように運転席を開けた。
「あなたは、面が割れています。ですから、ここにいてください。わたしか柏原が、お金を回収して戻ってきます。そんなにかかりませんよ」
 植芝は立ち上がった。自分達を襲ったのは、三人の駒だ。それは間違いない。ルートバンの前まで歩ていくと、佐藤は乗り込むことなく、運転席のドアを閉めた。対面して、植芝は言った。
「実行犯は、間違いなくあの三人です」
 佐藤はうなずくと、穂坂の方に視線を向けた。それは助けというよりは、許可を求めているような目だった。向き直ると、佐藤は植芝の手を掴み、引き寄せて自分の脇腹に当てた。
「わたしは、肋骨が一本足りません。抜いた相手の顔を知っていますが、その人は今でも生きています」
 その細い体の内側にあるのは、実際には機械なのではないか。植芝は一瞬だけ感じた寒気を振り払うように、佐藤の手を除けた。
「頭を殴られたぐらいなら、水に流せと? あんた、まだ若いよな?」
 ずっと黙らされていた反動が、今になってまた蘇っていた。植芝が言うと、佐藤は口角を上げて、ゆっくりと瞬きをしながら言った。
「二十二です。わたしのような小娘でも、色々と忘れてここまで来ました」
 スライドドアを開いて、佐藤は続けた。
「本当に見届けたいなら、止めることはできません。ですが、わたしに同行するということは、仕事の目撃者になるということですよ」
 植芝は一歩後ずさり、ようやくうなずいた。佐藤はスライドドアを閉めると、運転席に乗り込んだ。ディーゼルエンジンの音が消えてから、植芝は穂坂に言った。
「放っておいて、いいんですか?」
「あんま、神経質になりすぎるな。彼らは、その道のプロやねんから」
 植芝はその言葉で、早くも記憶の底に埋もれそうになっていた出来事を思い出していた。数時間しか経っていないのに、そのまま忘れているところだった。アクセルを一気に踏み込もうとした時、後ろから飛んできた『神経質』という言葉。トラックに進路を塞がれる前に、抜けることができたはずだ。
 あの言葉さえなければ。
     
 橋野は、携帯電話が鳴ったことに気づいて、ついさっき家の前で停まった車のエンジン音と結び付けた。カーテンを少し開くと、真新しいトヨタノアが停まっているのが見えた。運転席から顔を出した田島が、橋野に気づいて、耳に当てた携帯電話から顔を離した。ジーンズとパーカーに着替えて、橋野は一階に降りた。もうすぐ、日付が変わる。橋野家の夜は早い。直弘の歯ぎしりが聞こえ出した後で誰かが起きるのは、見たことがない。玄関から顔を出すと、田島は右手に持ったブースターケーブルを掲げた。
作品名:Split 作家名:オオサカタロウ