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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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『一年 四組』のシールが貼られた教卓の上に座って足をぶらぶらさせている田島に向かって、大きく見開いたような目で見上げながら、華崎佳代が言った。トレードマークは小学校時代から続く、後ろでくくってお団子にされた髪。ボタンのような形をしているから、いたずらで押されることが多いが、それに対して『ピンポン』と返すぐらいの心の広さは持ち合わせている。田島は、次に来る数学教師のために、尻で教卓を温める予定で、大地震でも起きない限り教卓からどくつもりはなかったが、華崎に制服の裾を強く引かれてバランスを崩して諦め、志半ばに教卓から飛び降りた。半分開いた窓の枠に腰かけた坂間が、残念そうに戸波の方を向いた。黒板消しを天井に向かって投げていた戸波は、額を埋めつくす前髪が視界にかかっているのを払おうとして頭を傾けたが、ムースで固められているから、びくともしなかった。田島は二人の顔をちらりと見てから、華崎に言った。
「入るって、何?」
「部活、一緒に美術部入ろ」
 華崎は、田島の袖を引いた。微かに上がった口角と大きな目は『入れるもんなら』と付け加えているようにも見えるし、『お願い』と言っているようにも見える。からかわれているのか、本気なのか。田島は眉をひそめた。
「華崎は絵上手いからいいけど。俺の絵、見たことあるやろ?」
「味があるよ」
 坂間がそれを聞いて笑った。
「物は言いようやな」
「あばたもえくぼや」
 戸波が付け加えた。田島がチョークを掴んで二人の間に投げると、窓枠に当たってバラバラに砕けた。坂間が床に落ちた破片を拾って投げ返し、田島が手で跳ね返すと、粉っぽい白煙が上がった。華崎は顔をしかめながら一歩後ずさったが、田島を引き離すように袖を強く引いた。
「なー、お願い。絶対楽しいから」
 本気で言っているのだろうか。田島は新しいチョークを手に取ると、笑顔で言った。
「ほな、絶望させたるから、リクエストしてみてや」
「犬!」
 華崎が大きな声で叫ぶように言い、女子の中から笑い声が上がった。それは『犬』と言われて思わず顔を引いた田島に向いていた。田島が黒板にチョークを走らせ、いびつな団子に四本の線が差し込まれたような物体が黒板に現れて、坂間のこれ見よがしな笑い声が響いても、華崎は笑わずに『作品』を指差した。
「田島、それやとお盆の茄子やで。私がここに、耳と鼻を描くから」
 華崎の手によって耳と鼻が加えられると、お盆の茄子は少しだけ命を吹き込まれたように、犬らしさを醸し出し始めた。田島は小さく拍手をしながら、言った。
「犬に見えてきたわ。すごいな」
「そうやろ、簡単なんやって。合作でいいやん。どんだけ適当に書いても、私が直すから」
 華崎が言うと、田島はその果てしない手間を想像して、笑った。
「でも、茄子っぽさは残ってるで。認められるまで、長い道のりやぞ。死後評価されるとかかもしれん」
「めっちゃ前向きやな。褒められることしか頭にないんか」
 華崎は田島の肘をつついた。田島は、小学校五年生の終わりごろから背が伸びて、中学校一年生の今は百六十四センチある。クラスでは後ろから三番目だ。それでも、女子の中で一番背の高い華崎は百六十センチあり、目線の位置はあまり変わらない。女子というのは、目線に入らない位置でこそこそ話をしているような存在だと思っていたが、華崎は違った。自分と同じ高さからじっと見られると、大人と話しているように感じる。でもそんな華崎は、こっちが開いている教科書の端に勝手に絵を描いたり、シールを貼ったり、好き勝手に振舞っている。今も、犬を目指して茄子の絵を描く人間を美術部に入れようとしているぐらいだから、中身は子供だ。
「俺、色とか塗られへんで」
「あーいいよ、代わりに塗る」
「そんな適当でええんか。いやー、後ろから見てて思ったけど、立ち姿からして違ったけどな」
 田島が言うと、華崎は首を傾げた。
「そう?」
「なんやろな、華崎って動きに無駄がないってか、俺みたいにドタバタしてへんやん」
 田島が言うと、華崎は自分が今までにどうやって立っていたかを忘れたように、首をすくめたり背筋を伸ばしたりし始めた。業を煮やしたように坂間が歩いて来て、田島の背中を叩いた。
「入ってみたら?」
「お前まで、何を言うてんねん」
 田島は振り返って笑ったが、顔を前に向けると、もう華崎の姿はなく、さっき笑った女子グループの輪に戻っていた。この中学校には、二つの小学校の卒業生が合流している。田島と坂間は同じ小学校の出身だったが、戸波と華崎は違った。自分の机に初めて座った時、見知らぬ面々がクラスの半分を占めるのを見て、胃がひっくり返りそうになったのを思い出す。小学校時代から付き合いのある坂間がいたのが救いで、ほどなくして、そこに戸波が加わった。ヘルメットみたいな髪型だからそのまま『ヘルメット』と呼んでいる。廊下に出て休み時間の残り時間を過ごしていると、廊下の高い窓枠に飛び乗ろうとして諦めた坂間が隣に立って、言った。
「華崎と仲ええよな。入るん?」
「入らんわ。部員足りへんのかな?」
「そんなんちゃうやろお前。分からんのか? なすびの絵にも劣るわ」
 坂間の言葉に、田島が笑いながら頭を小突いたところで、戸波が出てきて、坂間とは反対側に並んだ。坊主頭、刈り上げ、ヘルメットの三人組。背は坂間が少しだけ低いが、大柄な方だ。戸波は小学校時代から標的にしている浜中を、目で探している。どれだけ避けようとしても、その長い腕で捕まえて、限りなく加減をした蹴りを入れる。のけぞるリアクションが面白いからつい見てしまうが、浜中は身長が胸の位置ぐらいしかないから、若干気の毒にも感じる。田島は言った。
「浜中、休んでんちゃうの」
 戸波は全く違うことを考えているようで、田島の方を向いた。
「こないだ夜な。見てんけど。あ、浜中ちゃうで」
 戸波がそう言ったとき、ちょうど浜中ができるだけ端の方を歩きながら通り過ぎて、戸波の気が逸れている間にやり過ごそうとしたが、唯一気づいた坂間が殴る素振りを見せると、頭を庇うようにしながら小走りで駆けていった。田島がそれを目で追いかけようとすると、戸波は続けた。
「華崎が知らんおっさんと歩いとった。うちの近所、繁華街やしラブホもあるやん。あれって、そういうやつなんかな」
 坂間が身を乗り出すようにして、田島の代わりに言った。
「そういうやつって?」
「いや、なんかあるやん。なんちゅうねん、あの……」
 田島は二人を手で遮り、その続きを言葉で補った。
「お前が知らんおっさんって。町歩いとる大半が、俺らの知らんおっさんやろ」
「確かに」
作品名:Split 作家名:オオサカタロウ