Split
田島は頭を下げながら受け取り、戸波に一つを手渡した。中村は、くしゃくしゃになった箱から煙草を一本抜くと、火を点けた。
「解散」
半開きになったシャッターから外に出て、田島は言った。
「セルシオだけ、急ぎでなんとかせな」
戸波は、自分の肩に全責任が乗っていることを自覚しているように、浅くうなずいた。バンディットに二人乗りになると、田島は港に向かって走らせた。港湾道路の入口で戸波を降ろし、田島は言った。
「パーツ屋までの道、分かるな?」
戸波はうなずいた。ほとんど街灯のない堤防沿いの道を眺めながら、言った。
「先に行っといてくれ」
「ここで待ってる」
田島が言うと、戸波は首を横に振った。
「いや、警察に捕まりたくないやろ? あの車で動き回ったら、パーツ屋にすら辿り着かんかもしれん」
田島は、戸波の言葉に少しだけ俯いた。確かにその通りだ。しかし、三人でやったことなのだ。返事を待たずに、戸波は田島の背中を押した。
「先に行っててくれ、マジで。それか、家に帰っとくか。大丈夫や、何とかするから」
「そんなん言うたら、ほんまに帰るぞ」
田島が言うと、戸波は笑顔で応じた。根負けしたようにバンディットが去っていくのを確認しながら、戸波は宙を見上げた。本音を言えば、田島がいてくれた方が有難いに決まっている。しかし、このいざこざが収まって、最後に一人残るとしたら、それは田島であって欲しい。明白には整理できない頭で考えながら、戸波は堤防沿いの道を歩き始めた。
十五万円といえば、人生で最初に買った車がそれくらいの値段だった。中村は、煙草を立て続けに五本吸って、箱の中身が空になったことを確認すると、くり抜かれた塗料缶に投げ捨てた。時代は移り変わった。今の若い人間にとって、五万円ずつというのは、どんな価値を持つのだろう。二十年以上前に穂坂に貸して、結局返ってこなかった十万円は、当時の生活にそれなりに大きなヒビを入れた。立ち上がると、中村は伸びをした。小柄な体があちこち軋み、それが伸びきったところで、後ろから肩をぽんと叩かれた。
「名演技やな」
寄松は言った。中村の視線を跳ね返すと、フランケンと呼ばれる由来になった四角い顔に配置された三白眼で、作業台にまだ三人の気配が残っているように、視線を向けた。
「一人五万は、甘やかしすぎちゃうか」
寄松は、金属バットを作業台に立てかけた。戸波の髪の毛が付いているが、血痕はない。黒色のダッフルバッグを作業台の上に置くと、ファスナーを開けて中身をひっくり返した。札束の塊が台の真ん中に現れ、寄松の隣に立った中村は、金額を数え始めた。
「運もあったか?」
「まあ、顔を見られる心配はあったけど、結果的に何とかなったわ。三人がかりとは言え、運転手相手に健闘しとったな」
寄松は自分の側に引き寄せた束を数え切ると、言った。
「二千二百」
競うように数え終えた中村が言った。
「二千八百」
ちょうど、五千万円が目の前にある。それを黒色のダッフルバッグに戻した中村は、言った。
「洗うのにちょっとかかるから、しばらくはタクシー続けろよ」
寄松は中村の方を向いたが、そのまま目を逸らさなかった。自分にその三白眼が向いていることに気づいた中村は、苦笑いを浮かべた。
「お前、中村屋って名前の店やってて、俺の名前は中村やぞ。ちょろまかして、逃げると思うか?」
戸波は、セルシオの鍵を開けて、軋むドアを開いた。どこもぶつけていないが、全ての動作が重く、鈍く感じる。最初に先輩から『乗っとけ』と鍵を渡された時は、有頂天だった。車高を下げた足周りは乗り心地を台無しにしていて、踏切を勢いよく抜けた時に坂間が舌を噛んだこともあった。それでも、見た目は充分に迫力があって、クラクションを鳴らすと大抵の車は道を空けた。それが、こんなトラブルのもとになるとは。
駐車場で出くわした、妙に使命感に満ちた警備員のことも、気にかかった。斉間は、これ以上居座れば通報すると言っていた。結果的に言われた通りにしたのだから、通報される筋合いはない。しかし、一時間も前から着替えて、昼勤と被りながら巡回を始めるような人間だ。何をしでかすか、全く予想できない。警察に通報する時にも、大真面目な顔でミッキー三郎と言いそうだ。戸波は、咄嗟に思いついた偽名にもう一度笑うと、乗り込もうと体を屈めた。その時、後ろで風を切るような音が鳴り、頭に衝撃を受けた戸波はセルシオのフレームに顔をぶつけ、意識を失ってその場に倒れ込んだ。柏原はセルシオのドアを閉めると、戸波を担ぎ上げて、スカイラインのトランクに放り込んだ。目の周りにガムテープを何重か巻きつけると、タイラップで両手を後ろ手に縛り、トランクを閉めた。
運転席に座り、クラッチを踏み込みながら、柏原は考えた。こういう連中は、ロクな人生を歩まない。十年後どころか、一時間後の自分の姿すら計画できないのだから、当然だ。