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キャロルの喪失

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 もしかしたら神様もルゥも先生も、もっと近くで聞くことを許してくれるかもしれない。でも神様に差し上げる声を、私が聞いていてはいけない。いけないと一番私が思っているのに、でも、ほんの少しでもこの綺麗なものに触れていたくて、今日もこんな風に隠れてルゥの声を聞いている。
 ルゥは気付いているのかもしれないけれど、でも何も言わない。私達はおんなじだから、きっとそれで許してくれているのだ。
 天使のお喋りは一曲通して続いたり、何か難しいらしいところを何度も繰り返したりする。ルゥの声はそうやって磨かれて、もっと美しいものになっていくんだろう。

「リィだってコーラスのクラブに入れば良いのに」
 一度、ルゥにそう言われたことがある。
「ううん。私、歌いたいわけじゃないの。ルゥの声が大好きなんだわ」
「あんなにリィだってできるのにって言ってたのに」
「もう。小さい頃の話をしないでよ」
「だってリィ、あの日は来てくれないかと思ったんだよ」
 そのくらい怒ってたし、とルゥが笑う。
 でもね、僕はリィの歌声、好きだよ。
 リィと一緒に歌えたら楽しいだろうにね、と言うルゥに、私はどうしても「私はルゥみたいになれないの」と言えなかった。ルゥの声を私は神様から貰えなかったことを、ルゥは知らない。

「ねぇリィ、ちょっと寄り道しようよ」
 練習が終わったルゥが、手提げをぶらぶらと振りながら言う。
「ママに怒られるわよ」
「練習が伸びたって言えばバレないよ」
 お腹空いちゃった、としゅんとした声にどうしても私は勝てなくて、「秘密ね」とOKを出してしまう。
「リィと一緒が一番バレないんだ」
 楽しそうにルゥはアイスを舐めながら笑って、そして急に咳き込んだ。
「大丈夫?」
「ん……んんっ、あーびっくりした」
 アイス、喉に入っちゃったのかな?と能天気に首を傾げているルゥが時々堪らなく心配になる。
「もう、食べながら喋るから」
「家に着く前に食べなくちゃって思って」
 と言いながら、まだ軽く咳を繰り返している。
「やだ、ルゥ。ムセたんじゃなくて風邪?」
「えぇ、僕風邪引いたことないよ。リィが気をつけてねって言うから……んー、あー、大丈夫。治った」
 えー、あー、と発声練習みたいなのをやって見せて、安心させようとしているルゥの声は確かにいつも通りで、本当に気をつけてね、と私はため息をついた。


「ルゥ、風邪みたいなの。今日は起こしに行かなくって良いわよ」
 でも次の日、朝起きておはようと言った時、ママはそう言った。
「風邪?」
「昨日の夜リィが寝た後に、ルゥがママの部屋に来たのよ。風邪なんて引いたことなかったから怖くなっちゃったのね。どうしようママって言うから、今日は学校お休みにしましょうって約束したのよ」
「熱があるの?それとも頭が痛いとか……」
「咳が出るんですって。そんな風邪が流行る季節でもないのに、どこで貰って来ちゃったんでしょうねぇ……あらリィ大変。朝ご飯食べれなくなっちゃうわよ。ミラ!リィに洗面台を貸してあげなさい!ただ引っ張ったってカールはカールのままよ!」
 ママの元気で大きな声もミラの悪態も耳を素通りしていく。ルゥが風邪を引くなんて、部屋から出てこないなんて、覚えてる限り一度だってないのに。ママにとっては、ミラや私が病気の時となんら変わらないんだろう。
 キッチンに戻って私の朝ごはんを用意しに行ってしまったママに気づかれないようにそっと階段を上る。
 階段の一番近くの部屋がルゥの部屋だった。六年前は私の部屋でもあったその部屋の扉をいつもより静かにノックする。
「ルゥ」
 寝ているのだろうか。ルゥはただでさえ朝起きられないから。
「ルゥ、大丈夫?昨日のアイスがよくなかったのかな」
 返事はなかった。
 思わず癖で回しかけたいつものドアノブがあまりにも冷たくて、ああ、と私は手を離した。
 嫌がっている、という直感。
 ルゥは私に起こしに来てほしくなかったのかもしれない。
「……練習までに良くなるといいね」
 扉の向こうの微かな身じろぎに気づかないふりをして、来た時と同じように階段を下りていった。


 学校はいつも通りの穏やかさで、そもそも私とルゥはクラスが違うから本当に「いつも通り」だった。帰り際にルゥの仲良しからお大事にね、と声を掛けられたくらいで。
「あれ?ルゥお休みだったの?」
「風邪なの」
「珍しいね。リィがお休みすることは偶にあったけど……」
 一緒にいた友達のイオが目を瞬かせる。イオは眉のあたりに切り揃えられた前髪と大きな目が可愛らしい女の子で、私達はずっと友達だった。穏やかで、控えめで優しいイオはいつも一緒にいて居心地が良い。
「でもやっぱりリィとルゥはあんまり似てないのね」
 これはルゥに内緒ね、とくすくす笑うイオが「あのね」と切り出す。
「リィが休みの時のルゥはね、なんだかしょんぼりしてるしすぐ帰っちゃうのよ。リィといつも一緒にいるわけじゃないのにね」
「え」
「今みたいにね、私もルゥに『リィにお大事にって伝えてね』って話に行くんだけど、ルゥはもう放課後になるとすぐ帰っちゃって捕まえられなかったの。リィのこと心配なんですって……あっ違うの、リィだってルゥのこと心配してるのは分かるわ」
 イオは「ルゥがお休みなんて初めてだから、びっくりしてるのよね」と私を気遣ってそう言ってくれる。それはその通りで、なんだか不思議すぎて実感がないことは確かなのだけれど。
「そんなこと初めて知った……だって、そんなこと今まで」
「ルゥだって男の子だもの。リィのこと心配だなんてあんまり言わないものよ」
 ルゥのことはなんでも知っていると思っていたし、だからこそ私はルゥとリィが違う生き物だと思っていたのに、イオの話す知らない人のようなルゥのことを聞いてどぎまぎしてしまっていた。
 ルゥの知らないところを知るのが、少し恐ろしいのは何故だろうか。
「イオ、私、帰るね」
「うん。また明日ね、リィ」
 柔らかい笑顔のイオがばいばい、と手を振ってくれたのに同じように返して私は小走りに家に帰る。
 ただいま、とリビングに入るとママだけがいた。
「……ルゥはまだ具合が良くないの?」
「ご飯はちゃんと食べたから大丈夫じゃないかしら。明日は学校行くって言ってたわよ」
 リィは心配性ね、とママが笑う。
「そんなにルゥにばっかり構ってちゃダメよ。貴方達どっちも……ミラと足して三で割ってあげたいわ」
「だってママ」
「もう少しで貴方もルゥも大人になるんだから」
 ぐ、と喉が詰まる醜い音がする。ああやっぱり私とルゥは違う生き物なのだ、と安心したのと同時にぎゅっと胸が締め付けられる。
 ルゥの綺麗な声が聞きたい、と思った。


 ルゥの風邪は完璧には治っていないようで、咳払いをしながら話すことが多かった。それが煩わしいのか、ルゥはあまり喋らないようになった。
 それだけかもしれないけれど、私はとても苦しかった。
「練習、やっぱり休むの?」
 二人だけでお茶を飲みながら、私はそっとルゥに尋ねる。あまり話さなくなったルゥに釣られて、最近私も小声になってしまったのだ。
 うん、とルゥは頷く。
作品名:キャロルの喪失 作家名:大文藝帝國