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入眠逢瀬

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7.自慰



 その翌朝から、夏休みが始まりました。紀三郎はこの日から一念発起して、普段以上に真面目に勉強をし始めます。成績が落ちたからというのもありますが、もっとも大きな理由は、これ以上成績が下がって灯さんを悲しませたくないということでした。
 紀三郎は朝食の後、早速勉強に取り掛かります。早朝のうちは眠気が出ることはほとんどないため、勉強自体はスイスイとはかどっていきます。
 昼前になると、農具を取りに来た父から畑の手伝いをするように言われました。畑で鍬を振るっていると、心身ともにリフレッシュされていくような感覚がします。相変わらず作業の遅さを指摘する怒号が両親から飛んできますが、気持ちが前を向いている今の紀三郎には、それほど気に障ることはありませんでした。
 午後も紀三郎は、小屋の中で机に向かいます。手伝いの疲れがいくらか残っているものの、少し体を動かしたので、頭の回転は午前中以上に良くなっている気がしました。しかし、いいことばかりは続きません。いつものように紀三郎は眠気に襲われ、机上でうつらうつらしてしまいます。ハッと我に返った紀三郎は、すかさず背後の布団に潜り込みました。
 実は、紀三郎は自分の眠る癖について二つほど対抗策を考えていました。まず、この夏休み中、昼間に眠気が襲ってきたら、いっそのこと布団に入って本格的に寝てしまおうというのが一つ目の考えです。夏休みならば学校へ行かなくても良いので、畑仕事を手伝えずに両親に怒られることをのぞけば、昼夜が逆転してしまっても構わないのです。昼間に寝てしまったらその分深夜に勉強すればいい、そういうふうに考えたのです。もう一つ、紀三郎は眠るときの体勢や睡眠時間といったデータを記録するようにしました。これらを記録しておけば、何らかの傾向を読み取ることができるかもしれません。それによって新学期以降、授業中の睡眠を防いだり、自分で眠気を予防する方法を見つけられるかもしれないと考えたのです。
 目を覚ましてみると、すでに夕方になっていました。昼間から布団で寝てしまったことにある種の罪悪感を感じはしましたが、紀三郎はそれを振り払って机へと向かい、再び勉強を再開させます。
 夕食が済み、空が墨を流したようになってくると、お待ちかねの灯さんとの逢瀬の時間です。机に向かいながらコクリコクリと頭をふらつかせて眠りに落ちることができる日は、きまって彼女は布団の上にいてくれるのです。
 紀三郎は灯さんと、狭い小屋の中の汚らしい布団の上でいろいろな話をしました。今の辛い境遇のこと、以前の友人はすっかり話をしてくれなくなってしまったこと、学校の運動が苦手なこと、畑仕事は苦手だけど手伝いは楽しいこと……。自分のありのまま全てをさらけ出すかのように、紀三郎は自己を開示していきます。それほど灯さんに、自分という人間を知ってもらいたかったのです。灯さんは、いつものように紀三郎のどんなことでも優しく受け入れてくれました。あのいつもの愛くるしい微笑みで全てを肯定してくれる彼女の隣りにいると、紀三郎は今のつらい境遇をつかの間忘れることができるのです。
 そんな勉強漬け、たまに畑の手伝いと灯さんに逢うという夏休みの生活を送っていた紀三郎でしたが、やはり全てが順風満帆にいくとは限りません。長い夏休み、良いときもあれば、当然悪いときもあるのです。
 数日前から、紀三郎はイライラしていました。ここ最近、机に向かうとすぐに眠気が襲ってきてしまい、ちっとも勉強がはかどらないのです。それだけではありません。相変わらず畑仕事が遅いと両親から詰られるし、頼みの綱の灯さんも何があったのかわかりませんが、しばらく姿を現してくれないのです。過大なストレスを抱え、さらにそれを発散する術を失った紀三郎の身に、イライラが募るのはある意味当然のことです。
 その日もストレスからか夜眠ることができず、紀三郎は眠い目をこすりながら畑仕事を手伝っていました。いつも以上に能率が上がらない紀三郎を、両親はがなるように追い立てます。
 畑仕事はどうにか終えることができましたが、いつもは楽しくできる勉強も今日は全く手に付きません。少し進んだかと思うと眠気が襲ってくるのです。仕方なくいつものように布団に入り、昼寝をします。よほど疲れていたのか、紀三郎はすぐさま眠りについてしまったのです。
 目が覚めると外は真っ暗でした。紀三郎はとろとろとした目をこすり、時間を確認します。すると、もうすっかり床に入る時間を過ぎていました。それほどまでの長い時間、彼は熟睡していたのです。
 深夜の静寂の中で紀三郎は、今まで両親や教師、クラスメイトにされたり言われたりしたひどい仕打ちの数々を思い起こします。きっと一人ぼっちで起きている真夜中の雰囲気がそうさせたのでしょう、それらの思い出は生々しく蘇り、紀三郎の心の傷口をえぐって切り裂いていくのです。
「何で、僕だけがこんな目に合わなきゃいけないんだろう……」
紀三郎は誰もいない農具小屋でつぶやき、怒りに打ち震えます。こんなにも辛くて、こんなにも厳しいのなら、もうこんな人生全うに生きてなんかやるもんか、そういう短絡的な思いが心中を駆け抜けます。
 その時、紀三郎の脳裏に灯さんの幻影が浮かびました。こんな自暴自棄になっている紀三郎にも、灯さんの幻影は笑いかけてくれます。しかし、そんな彼女でも今の紀三郎を落ち着かせることはできなかったのです。
「どうせ灯さんだって、僕のことを影であざ笑っているんだ」
一度そういう考えに取りつかれてしまうと、彼女に対してもふつふつと怒りがわいてしまいます。いつ来るかわからない、笑っているだけのあの女を汚してしまえ。そう思った紀三郎は、おもむろに着物の前をはだけ、下半身を露出させたのです。
 実を言うと、紀三郎は何回かこのようなことをした経験はありました。しかし灯さんを思い描いて、自らを慰めたことはなかったのです。優しくて、きれいで、そして憧れの灯さんを汚すなんて頭の片隅にもなかったのです。しかし嫌な出来事が重なり続け、彼女に逢えないストレスが、紀三郎を禁忌の激情へと駆り立ててしまったのです。
 紀三郎は、今まで体験してきた灯さんとの様々な経験を思い起こします。初めて会ったときのあの声音。名前を聞いたときの愛くるしい笑顔。ワンピースを脱いだ下着姿。キャミソールからのぞくショーツの艶めかしさ。唇や舌、胸の感触……。それらの甘い思い出を脳裏に描きながら、右手の動きを加速させていきます。心のどこかで、これは悪いことだというシグナルが出ますが、もう止まりません。少しずつ、少しずつ紀三郎は昇りつめ、最後には見たこともない灯さんの淫らな姿までを脳裏に思い描き、それによって精を放出してしまったのです。
 我に返ると、目の前の板敷きが白い液体で汚れていました。紀三郎はその液体を見ながら、深い罪悪感に襲われます。大好きな灯さんを汚してしまった、取り返しのつかないことをしてしまったという思いを胸に、板敷きを拭いて掃除します。その後布団に入りましたが、後悔と後ろめたさでまんじりともせず、気づいたら夜は明けていたのでした。


作品名:入眠逢瀬 作家名:六色塔