エヴァンス
「話せないのか?」
蓮はこくりと頷く。
「仕方あるまい。だが、私が客人の精を食らうまでには、……話して、貰うぞ」
「……わ、わかりました。」
エヴァンスはその言葉を聞くと、ふふっと、ほんの僅かに唇に弧を描いた。
蓮は驚いた。石仮面のような無表情を貫いていた彼女が、笑った。
「もう、帰って良いぞ。お休み」
エヴァンスはそう言うと、這うようにしてベッドの上を進み、シーツにくるまった。
その瞬間、魔法が解けたように動けるようになり、蓮は「おやすみなさい」と言って部屋から出た。
〈〉〉 同時刻、淫魔族自治領にて〈〈〉
その部屋はあまりに奇妙だった。
貴族のために作られた宮殿、しかし、宮殿内部にある家具は、日本のホームセンターや百円ショップで買ってきたかのような安っぽいものばかり。
背の低い本棚には、漫画やライトノベル、アニメや映画のDVD…、何とも貴族らしくない、ミスマッチなものばかりが並んでいた。あげく、その本棚の上には透明なケースに入れられ、躍動感溢れるポーズを取ったロボットの模型フィギュアが並べられていた。
「えっと『魔界で魔王みたいなことやってるけど質問ある?』っと。んで、こうして……こうして『暇だから答えるよ』とにゃ」
部屋の主たる一人の女性がカタカタとパソコンのキーボードを叩いていた。ディスプレイには、掲示板サイトが映し出されていた。
彼女の髪にはツヤがない。ボサボサで女らしさもない。ワイシャツにジーンズで、女らしさを捨てた様なサキュバス
「おーこの時間だから流れはそんなに速くないね。なになに、スペック晒せか……。ええと『十万飛んで二〇四歳、♀メス、趣味はネットサーフィン』っと」
かんかんと戸をたたく音が響いた。
「はーい」
その返事を聞いて、ガチャンとドアのロックが解除される。ドアからは、ワンピースの上から武装した女性が入ってくる。
「シャーロット様。一週間後に迫った五大貴族会議についてなのですが……」
○
「ロザリオさん……アレは一体……何なんですか……」
蓮はおそるおそる尋ねた。しかし、ロザリオは緊張しているのか、その問いには答えない。
「ん? そこにいるのは人間……かにゃ?」
ドラゴンが蓮の方にぐっと首を伸ばしてくる。しかし、途中で何かに阻まれたように止まる。
「彼は我がラピス家の客人だ。手は出さないで貰おうか」
透き通る声だった。エヴァンスはきゅるきゅると車椅子を操作してロザリオと蓮の前に、盾になるように進み出る。その目はアメジストの輝きが宿っていた。石化の魔眼が発動し、ドラゴンと三人の間の空間を『石化』しバリアを生み出していていた。
「もう、別に取って喰う訳じゃないにゃー」
巨躯とミスマッチな声
「そんな姿で言われても説得力がないな。せめてその厳めしい姿を何とかしてはもらえないか?」
ドラゴン「はーいにゃ」
叱られた小学生のような声で唱えられる呪文
「,―― MAGIA. oblive.DoRaGainUs. RE, mementus. homous.」
ドラゴンに閃光が走り、蓮は思わず目を逸らした。雷鳴音と同時にドラゴンは姿を消していた
ドラゴンに代わりに二人の女性が居た。蓮よりも背の高い、すらっとした金髪の女性と、蓮の胸辺りまでしか身長がない黒髪の少女だった。金髪の女性は、なぜかタンスを担いでいる。
恐ろしいほどの大荷物。を持っているにもかかわらず涼しい顔をしており、蓮は改めてこの世界が魔者の世界なのだと認識した。
「どうも初めましてにゃ、ラピス家の客人様。我輩は淫魔族自治領の北部屹立の黒金の摩天より参った、天竜族の淫魔にして雷艇の化身。淫魔五大貴族が一人、雷の売女トニトルスシャーロットにゃ。彼女は側近カテーナカテリナ鍛冶妖精の淫魔にゃ」
そう言って、二人はぺこりと頭を下げる。
エヴァンス「それで、一体何をしに来たのだ。事前連絡も無しに勝手に他人の支配領地に入るなど、トニトルス家は礼節をどこかに落としてきたのか? 撃ち落とされても文句は言えないぞ」
カテリナ「ですから言ったのです。知恵を借りる方法を間違えていると……」
シャーロットはカテリナに否定されてハブてた。ほっぺを風船の様に膨らました。
ロザリオ「それで、お二方は何をしにいらっしゃったのでしょう?」
シャーロット「そうにゃ、この度は、六日後に迫った貴族会議への出席をお願いしに来たのにゃ」
エヴァンス「断る。帰れ」
「にゃっ!? なんでにゃー!?」
シャーロットは驚いた顔をした
エヴァンス「五月蠅うるさいな。行かないと言ったら行かないんだ。代わりにロザリオを向かわせる。文句はあるまい」
その声はいつもと同じ倦怠と諦めの響きを含んだ声だった。
シャーロット「文句しかないにゃ!」
緊張感のあるような無いような微妙な空気が流れる。
その空気を打ち破るように、ロザリオが言う。
「ええと、とりあえず、中に入りませんか? 玄関口で押し問答というのも端から見れば不格好ですし」
その言葉に、エヴァンスはしばしシャーロットを睨んだ後、すっと視線を逸らし、車椅子を操作して踵を返した。シャーロットはエヴァンスの後を追った。更に後を追うように、カテリナがちょこちょことその後ろを付いていく。
ロザリオ「ところで、その大荷物は何でしょう?」
カテリナ「これはシャーロット様の旅の荷物です」
ロザリオ「そうですか。しかし突然やってきたあげく、そんな怪しげな荷物を、『旅の荷物です』『はい、そうですか』で通すことは出来ません。中を検あらためさせて貰います」
ロザリオがそう言ってカテリナに近付くと、カテリナはさっと飛び退り、手から鎖を引き出して威嚇するように回した
カテリナ「了承致いたしかねます。カテリナはシャーロット様に『この中身は誰にも見せるな』と仰せつかっております。例えラピス家の側近の方でもそれは同じ事です」
ロザリオ「ラピス家と事構えるおつもりですか?」
ロザリオもとっさに臨戦態勢になる
シャーロット「こら、カテリナちゃん。喧嘩売らないの。荷物を検めるって言われてるんだから見せてあげてにゃ」
「……よろしいのですか?」
「いいよ」
シャーロットがそう言うと、背負ったタンスから物品が飛び出した。
「見ての通り、やましい物は何もないにゃ!」
テレビ、漫画や小説などの雑多な本、アニメや映画のDVDとDVDレコーダー、ビデオゲームと家庭用ゲーム機らしき物、デスクトップパソコン、それに加えて、タンス、チェスト、ベッド、果ては大量のロボフィギュアまで、まるでアニメオタクな大学生の部屋の中身を一部屋丸ごと大移動してきたかのような荷物だった。その様子にはさすがのエヴァンスも驚きに目を見開いていた。
「ええと、なんですかこれは。旅の荷物というにはあまりに多すぎる……というか、部屋の中身を丸ごと持って来たような……」
ロザリオはその混沌とした荷物の数々に思わず絶句しているようだった。しかし、どう考えても娯楽用品が多すぎる。
蓮は思わずつっこんだ。