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エヴァンス

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 戦争があればこれと同じような光景は見ることが出来る。しかし、ごく一部の脆弱ぜいじゃくな肉体を持つ種族以外、大抵の傷からは数日で蘇生そせいする。
 だがここにある光景は全員の魂が消えており、死んでいた。

 まだ屋敷内に敵がいる。
 それが何人かは分からない。だが、これだけの数のサキュバスを殺せるだけの力がある敵とは何なのか。
 ロザリオは恐怖におののきつつも姉への心配が爆発した。
「お姉様!」
 叫び、猛ダッシュで階段を駆け上がる。いつもはなんてことないはずなのに、酷く長い階段だと、ロザリオは思った。
「お姉様!」叫んでエヴァンスの部屋の扉の前に立つロザリオ。


食われていた。


一人の男がしゃがんで、むしゃむしゃと咀嚼そしゃくする音を立てながら、臓腑ぞうふを貪り食っていた。男はエヴァンスの腸を巻き付けるようにして、彼女を喰っていた。
「い、いやあああああああああああああああ!」
悪魔より遙はるかに悪魔的な光景にロザリオは思わず叫びを上げた。

 その声に男は視線を上げる。

 ぐるぐるとカメレオンのように目が回る。

 ぴたりとロザリオに焦点が合う。

「くそッ! まだベトコン女が残って居やがったかッ!」

 そう言って、男は、エヴァンスに突き刺していたナイフを引き抜いた。引き抜くとき、エヴァンスの呻うめきが聞こえた。ロザリオはその声に、あんなになってもまだ生きていてくれたという安堵と、あんなになってもまだ生きているのかという恐怖を覚えた。




 男は壊れた人形のような挙動でナイフを掲げた。






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男が突っ込んでくる。冷静さを欠いたその攻撃は、武術の経験者ならば、避けられる。
 だが、ロザリオはそうではない。ロザリオは、とっさに魔術を展開する。
「 , ――Arx.Magia.」



ロザリオが展開した魔法は殺傷能力がとても低い。防御的な作用しかなかった。

エヴァンスを打ち倒した男の能力は未知数である。その恐怖がとっさに攻撃魔術ではなく、防御魔術を選択させた。
 男は突撃の途中で壁にぶつかったように動きを止めた。

 不可視の壁に男は一瞬怯むが、すぐさま激昂げっこうに顔を歪ませ、ナイフを振るった。ナイフに付与された『魔術無効化』が不可視の壁を削った。しかし、完全に打ち消すには至らない。

ロザリオはひやりとする。もし油断してレベルの低い防壁を作っていたら、一降りで防壁は破壊されていたかもしれないからだ。
 ロザリオは警戒して男に近づくと、すっと左手を掲げた。
「 , ――Coitus.Magia.」


ロザリオの口から呪文が紡がれる。もう、ロザリオには手加減をするつもりも、人間界に返すつもりも無かった。
 姉をめちゃくちゃにされた怒りだけではない。
 ――恐怖。
 ただ圧倒的な恐怖のために、ロザリオはその魔術を行使した。

 男は一心不乱にナイフで襲いかかってきた。その攻撃が不可視の壁に衝突するかに思われた瞬間、その魔術そのものが解除される。

男は予期していた手応えが無くなったことで、バランスを崩した。その隙にロザリオは両掌を広げ前に突き出した。
 
そして男の顔を掴んだ

 男は何かに耐えるような表情をした。そして次の瞬間
 男は絶叫と共に天を向いた

 男は両足をがくがく振るわせ、両手を天に許しを請うように掲げながら、悲鳴する。そして、ロザリオのことなど忘れてしまったかのようにその場から動けなくなっていた。
 男の動きが止まったことを確認したロザリオはエヴァンスを抱き上げた。
そしてそのまま出口に向かって歩き
「お姉様、今、手当てをいたします」

 そう言ってエヴァンスに話しかけるが、聞こえないのか、聞こえていても返事を返すことが出来ないのか、エヴァンスは何も言わなかった。

ロザリオは男の横を通り過ぎる。

「そのまま、人の身には耐えきれない快楽に悶えながら、
 ――――死んでください」

 そう言って扉を閉めた。



 三日後、ロザリオが再び男の元に訪れたとき、死体は半ばミイラになっており、その周りは腐りかけて黄に変色し、それに群がってきた小蝿が産み落とした蛆虫うじむしで酷い有様だった。唯一元の形を成していたものが、男のつけていた銀のペンダントだった。ペンダントには、Maria(マリア
)という名前が掘られていた。






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「この石碑はお姉様が『ヴァルハラに旅だった手足を弔うために』と作らせたものなのです。
ヴァルハラとは、そちらの世界でいう北欧神話で、兵士の霊を留めておく為の場所です。お姉様はきっとこう考えたのでしょう。
 『自分の手足ほど優れたものならば戦乙女(戦の神)が欲しがっても仕方がない』と。
もっとも、お姉様はこれを作らせてから、ここに来たことがありませんが……」

 ロザリオはそう言って石碑から手を離す。

「さあ、そろそろ、お夕食の時間ですよ」
 ロザリオは努めて明るくそう言って、手に持ったランプを掲げる。気付けば窓からの光はほとんど無くなっていた。
ランプの中には蛍のような黄緑色の光の群れが在り、それか辺りを淡く照らしていた。








夕食を食べ終え、あてがわれた部屋に戻る途中だった。
 ――きゅるきゅる。
 静かな稼働音が後ろから聞こえた。
「少し、話がある。客人」
 振り返ると、静けさを秘めたエヴァンスの瞳が、そこに在った。

 どう接して良いか分からなかった蓮

「ついてこい」
 エヴァンスは有無を言わさぬ調子で、車椅子の踵きびすを返した。蓮は戸惑いつつも従った。


蓮を自分の部屋に連れてきたエヴァンスは少し危なげな調子で車椅子からベッドに飛び移る。
「隣に来い」
 その命令は魔力でも込められているかのように蓮の脳に響き、その通りにした。

「客人は私の過去を聞いたのだな?」

――どくん。

 蓮の胸が嫌な脈動をした。

 
「ロザリオを追いかけて、塔に向かうのが見えた。あそこに行けば、没年が同じ墓石に気付くだろうし、気付けば、何があったかをロザリオに聞かなければ、好奇心の強い猫のような客人は満足できまい」
 
 ほとんど完璧な推理に蓮は舌を巻く。

「……不公平だとは思わないか?」
 

??


「私は過去を暴かれてしまったというのに……客人はその過去を隠している。これほどに不公平なことがあるか」

「……」

「とぼけるのか? 私の身体は確かに一般受けは良くないだろうが、あそこまで過剰な反応を引き出すのは難しいだろう。露骨な傷口があるわけでもないしな」

「俺は……あんたの餌なんだろう? 餌の過去が知りたいだなんて、おかしいじゃないか?」

 冷たい瞳を向けるエヴァンス

「別に知りたいのではない。ただ、私だけがその過去の傷跡をさらけ出してしまっているのは、おかしい、そうだろう?」

 一理あるなと、蓮はそう思った。しかし
 しかし、決断は付いても、言葉が口から出てこない。

「必ず、話します……だけど、今は未まだ……」
作品名:エヴァンス 作家名:西中