エヴァンス
エヴァンスの翼が硬質化するのとほぼ同時にショットガンが火を噴く。
エヴァンスの翼に、ばらばらと弾丸が叩き付けられ、激しい衝撃に思わず倒れそうになる。
エヴァンスは翼に走る痛みを、歯を食いしばって耐えた。硬質化してもなお、弾が当たったときの痛みは健在だった。永い生の中で、痛みという痛みを感じたことが無かったエヴァンスにとって、それは視界が明滅するほどに強烈な感覚だった。
痛みと共に、弾き飛ばされそうな衝撃が来る。
エヴァンスは痛みに耐えながらもその感覚を解析する。
(なるほど、仕組みはよく分からないが、面での攻撃が出来る火槍……か?)
エヴァンスはふらつく足に力を込め、一気に踏み込む。盾にした翼を瞬時に体内に収めて突進した。空気抵抗を軽くしたエヴァンスの身体は加速する
閃光の一撃が男を襲う。
エヴァンスの狙いは男の肩。
殺さない程度に痛めつけ、元の世界に送り返したい。
サキュバスは人間を糧に生きる。
元来サキュバスは無用の殺害は避ける気質の者が多く、例え相手に襲われ、その反撃を行った場合でも、命までは取らないようにする者が多く、エヴァンスもその一人だった。
魔族による踏み込みに人間が反応など出来るはずがない。
しかしながら、男は反応した。重心を移動させ、しゃがむようにしてエヴァンスを紙一重で避けた。その動作は、単なる回避ではなく、同時にカウンターの肘打ちが繰り出されていた。その攻撃はエヴァンスの脇腹を深々と抉えぐる。
強烈な反動はエヴァンスの右肺を潰し、肋骨を粉砕するほどのものだった。
完璧なタイミングで放たれた肘打ちだったため、男の方にはダメージはほとんどない。
「今のは、少し危なかったぜぇ! ちょうど弾が切れていた所だったからなァ!」
男はそう言いながらショットガンに弾を込めていく。
エヴァンスは膝を付いた。弾丸のような痛みは無いが、身体の内部を掻き回す衝撃に立っていられない。ただの攻撃ではない。この男には何らかの未知のエネルギーが組み込まれている。
エヴァンスの細胞が回復するまでの間、致命的な隙が出来ることになった。
「さて、最後だし、楽しませてもらおうかねぇ!」
そう言って、男は銃を撃った。エヴァンスは硬質化させた翼を盾にする。だが放たれた弾丸は翼を貫き、肩に突き刺さり、大穴を開けた。
エヴァンスは、今まで忘れていた生娘きむすめのような悲鳴を上げた。
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エヴァンスは痛みを堪えるように、肩を押さえた。
男はその様子を見てへらへらと笑う。
「ショットガンってのはな、二種類の弾丸が放てるんだぜぇ」
一つは散弾で小さな無数の弾を同時に発射させ、前方広範囲に面の銃撃をする。カラス等、小さく早く動くものを容易に仕留められる。
もう一つはスラグ弾と呼ばれる。弾の数は1つで、素早く動くものを当てるのは難しいが、殺傷力は絶大で、熊や、ライオンなど一発で仕留められる。
男はスラグ弾でもう一度撃った。エヴァンスの右膝に命中し、間接を逆向きにした。エヴァンスは悲鳴と共に倒れ、右足は、ほとんど皮だけで繋がっている状態になった。
痛み。
その未知の感覚は、エヴァンスの身体から自由を奪い、勝負の行方を推し量ることが出来ないものにしていた。
エヴァンスは残された左足で立ち上がる
右足は潰れて自由はきかない。ほんの僅かな振動でさえ、カミナリの如く痛みの信号が脳に届く。その感覚にエヴァンスは吐きそうになる。
「ほう」
男は笑みを浮かべると、ショットガンを撃つ。エヴァンスはそれを剣で弾いた。
その直後にエヴァンスの肩にはナイフが突き立っていた。
男が銃を撃ったのはおとり。素早くナイフを投げ付けていた。それがあまりに自然な動作だったため、エヴァンスは反応が出来なかった。
その一瞬の隙にナイフの刺さってる肩を狙い男はタックルした。
ナイフが奥深くに突き刺さる。
「――――――っ!!」
痛みで思わずエストックを落とした。
男はエヴァンスの歪んだ表情を見ながら、ニヤついた
男は嬉しそうにし、どこからか取り出したのか、もう一本のナイフを手の中でくるくると回した。
エヴァンスは自分の想像に恐怖した。
ドスッという音と共に、エヴァンスの肩にさらなる激痛が走り、ゴキリと関節が外される。
エヴァンスは抵抗し、動ける右手で男を殴る。しかし、それに力は籠もらず、ほとんど子供の攻撃のようだった。更に羽根をばたつかせ抵抗する。
男は素早く翼に向かってナイフを振るう。サキュバスの翼には骨格がないので、驚くほど簡単にナイフが通り、翼が落ちる。翼は身体から離れると同時にぼろぼろと砂山のように崩れた。
苦痛がエヴァンスに襲いかかる。
エヴァンスは再びで殴ろうとしたが、素早く男に捕まれた。
手首の筋を切断され、自由が効かなくなる。
男はエヴァンスの肩を強引に外しにかかった。
ぶちぶちと肉を裂く音が響く。あまりの激痛にエヴァンスは嘔吐する。
血の混じった嘔吐物が彼女の服を汚した
「おいおい、汚いな。汚いモンを吐く口には蓋をしなくっちゃなァ!」
そう言うと、男は、
半分ちぎれていた腕をもぎ取る。
エヴァンスの悲鳴、絶叫が室内に響いた。
男は、ちぎった腕をエヴァンスの口に無理矢理詰めこんで、声を塞いだ。
「ああっもう!やかましい!」
男は怒声を飛ばしながらエヴァンスの口に手をかけ、無理矢理開かせる。その強引さに顎が耐えきれず、ばきばきと音を立てて、こめかみから血が吹き出て顎が外れる。
エヴァンスはあまりの暴力的な痛みに、失神しそうになる。
「まだ寝るには早いでちゅよ?」
男はそう言って優しくエヴァンスの顔を撫でる。いろいろな体液で汚れた顔を、愛しい女を愛めでるように。しかし、唐突に力を込め、両の目玉を、えぐった。
「んっ――――――っ!」
再生禁止効果のナイフで、えぐられてないだけマシではあったもののエヴァンスは痛さのあまりに失神した。
「次は、足だよ」
男は彼女の耳に優しく囁いた。
その言葉にエヴァンスは、おののく。
そうして、エヴァンスは生きたまま解体された。魔族の強靱な身体と精神のせいで、途中で死を選ぶことも狂うことも許されなかった。
一方その頃、ロザリオは多くの人間部隊を相手していた。だがロザリオが相手にしていた人間はエヴァンスを破壊している男とは違い、普通の人間だった。
ロザリオは人間たちを転移魔術で現世に送り返すと、異常事態を姉に伝えようと向かった。
本館で折り重なるように倒れているのは、屋敷に招かれた上流階級のサキュバス達だった。ラピスの家に仕えていた使用人達も殺されている。
ロザリオはその光景に思わずへたり込みそうになった。
大怪我ではないく、死んでいる事。それはサキュバスにとって、魔族にとって、きわめて異常なことだっだ。