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エヴァンス

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怪物の表情は恍惚(こうこつ)の表情が浮かべられていた。
 その女性は、ゆっくりと歩くだけで、辺り一帯の敵を石に変えた。

 映像は切り替わり、次々に女性たちが映し出されていく。
 その女性たちは全員が容姿端麗だった。
 
 特徴的な格好をしてる女性が一人いる。
 殆どの女性たちは足が完全に隠れるほど長いスカート、ゆったりとしたドレスを着ていた。それに対し、その女性はのスカートは短い。衣装はタイトで、胸や腰の周りは金属のプレートで覆われ、腰には突剣エストックが吊られている。
 貴族というよりは、女騎士のイメージに近い。その姿は、それまでの女性と比べて、異彩を放っていた。

 その女性の背景にはステンドグラスがあった。その光景は 神話や伝承の様な幻想さがあり、背景のテロップには名前が表示されている。

『LapisラピスEvansエヴァンス』

 蓮の胸が、どくん、と鳴った。
 他の女性達が魔法により敵を無力化していくのに対し、その女性エヴァンスは、突剣エストックを振るい異形をざくざくと切り倒していく。

剣の動きは洗練されて無駄がなく、閃光が駆け抜けると共に魔物が倒れていく。まるで剣技の芸術…
 
「触るな、下郎」
 突然、鋭い声が響き、蓮の身体は硬直した。

エヴァンスが背後にいた。





(大丈夫だ。幽霊の類じゃない)


「どこに行ったかと思ったら、こんなところにあったのか。……これは、返してもらうぞ」

エヴァンスはするすると車椅子を動かして立ち去ろうとする。

「それは――」
 蓮の言葉を遮るようにエヴァンスは答えた。

「ラピス家の記録であり、客人に見せるものではない」
 エヴァンスは『客人』という部分を強調して言った。まるで自分はそうは思っていない、まだ客として認める気はないのだと、言い訳をしているように


 蓮は五体満足のエヴァンスの姿を思い出した。
 エヴァンスはその姿を見られたくなかったのだろうか。

 過去の栄光は、すべからく誇らしいものとは限らない。決して戻れないものなら、
 その栄光が心の枷になる事もあるかもしれない。
 決して超えることの出来ない過去の自分。それは自分でありながら自分を超えた存在であり、ある意味、最も強く劣等感を抱く憎き相手。
 いや、しかし、じゃあどうしてその本を探していたんだ? 自分の最も強かった頃の姿を留めている本を…




-



――――――――――――――――――――――――――――





-

〜翌日〜

 庭園が綺麗だと言っていたロザリオの言葉を思い出し庭にいた。
 
 魔界を感じさせない匂い。空気が澄んでいいて、日本と都会とは比べものにならないくらいに、空気がうまい。ただ、ほんの少しだけ肌寒さを感じる。

草原の様な香りで、ここが魔界だと言うことも忘れ、思わず深呼吸をした
 その気持ちよさに蓮は、誘拐されて良かったとすら思ってしまった。

 

庭園は中央に噴水。
建造物はベルサイユ宮殿を思わせる

蓮は屋敷の端に行き、そこに在った休憩所のベンチに腰を下ろした。
 
 陽の光が、芝生を照らす。
 蓮は、ふとベルサイユ級の屋敷を見上げた。
 巨大な四階構造。
 しばし屋敷を見つめていると、二階の窓辺に人影が見えた。

目を凝らすと、車椅子に座ったエヴァンス

 思わずどきりとする。




遠くを見つめていた彼女は、身じろぎ一つしておらず、、まばたきすらしていないように思えた。
 
魔導書の中でイクサをしていたのは、エヴァンスが手足を失う前の姿だろう。

蓮は一晩考えた。彼女がどうして自分が強かった頃を記録した本を探していたのかを。

 蓮は彼女の姿を見つめながら、考えて、その感情に戸惑った。
 出会って二日しか経っていないのに、言葉すらまともに交わしていないのに、







――どれほどの時が流れたのだろう。現世のものより強く赤い夕日が落ちていく

それに気付いて、蓮はようやくエヴァンスの姿から目を逸らした。
 
その時、視界の隅を誰かが通ったように感じ振り返る。
 
そこにはランプを持って、林の中に入っていくロザリオの姿が見えた。


 林の先には塔がある。


 ロザリオの言葉を思い出した蓮。

『離れにある塔以外でしたらどこに行っても構いません』

 塔には何があるのだろう?
 蓮は好奇心から、そっとロザリオの後を付けた。
 蓮は塔に近付いてみて恐怖した。
 その塔の周りだけ、草木が枯れ、空気が冷たい。


その塔に相対して実感した。魔界に来たのだということを認識し、その存在感の大きさに、踵きびすを返すことすら出来ない。

背中を見せたらその瞬間からこの空間に丸呑みにされてしまうのではないか。そんな恐怖が蓮の思考を支配した。

(ロザリオがいる塔の中に入った方がまだ安全なのでは? )

ここから一人で屋敷へと帰る恐怖にも蓮は耐えられなくなっていた。ならいっそロザリオの近くにいた方いい。蓮は、そう思い、塔の扉を開けた。




「」離れの塔「」



 扉をほんの少しだけ開けて、恐るおほる入る。
 やや暗い。次第に目が慣れてきて、辺りの様子がはっきりと見えてきた。
 塔の内部は吹き抜けの構造で、各階には無数の石碑モノリスが等間隔で並んでいた。幅の広い螺旋階を挟んで、数え切れない程の石碑が並んでいた。
 石碑が並んでいるその様子は、蓮の記憶にある場所と合致する。しかし、蓮はそれを否定したくて石碑をよく見た。
 石碑の一つ一つには名前のような文字列が並ぶ。

 蓮は諦めたように確信した。
 ――ここは、墓地だ。
 今更ながらに恐ろしい所に迷い込んでしまったと。
しかし今更墓場くらいでびびってどうする

魔界の言葉は読めないが、数字は共通しているらしく、そこの部分は読むことが出来た。

『 1990,Qui 5 』
「なんだこれ……」

得体の知れないものが背筋を這はい上がってくる恐怖。思わず辺りの石碑を見渡す。

思わず全力で叫びそうになるほどの恐怖が蓮の全身を強ばらせる。

蓮は走る。走りながら、いくつものも石碑を覗き込む。没年月日が違うものを探した。蓮はそうしなければいけないという強迫観念に突き動かされていた。
しかし、没日が違うものは無かった。

何かが、あったのだ。それも並みのことではない。大勢の人が一斉に死んでしまうような事が


ロザリオ
「ここ以外なら自由に行き来して良いと行ったのですが、来てしまいましたか…」
 
彼女はほんの少し咎めるような眼差しで蓮を見ていた。

「――ここで、何があったんですか?」


「…別に何もありませんよ」

「全員、死んだ日が同じでした。こんなにたくさんの人が死ぬなんてことは……」

ロザリオは観念したように首を振る。

「気付いてしまったんですね」

ロザリオは言うべきか戸惑い視線を泳がせた。

「今ならまだ、ここで起きた出来事を知らずに、いることもできるでしょう。
 ここで起きた出来事を知らないまま帰れば、ここでの記憶は、うたかたの夢の如く現実味を失い、すぐに忘れることになります。
作品名:エヴァンス 作家名:西中