エッセイ詰め合わせ
○引きニートによる引きニートを理解する為のテキスト入門
親はシの定めを下さったある種の殺人者なので恨むようになる。罪人なりの誠意を示すならまだしも、そんな事ができる親はまずいないし、まず親を敬うように洗脳されているから、親を殺人者と思うことは罪にあたる。
『殺人者を敬わなければならない』というルールの元で貴方は殺人者ともに同居できますか?
↑このようにシンプルにテキスト化してしまえば、理解するのは簡単である。実際、大切な人を殺した相手と同居しなければいけない状況で、その相手を敬うなんて不可能だろう。
その不可能を強要されているニートは、社会にトラウマが無けりゃニートから離脱(逃げ)するし、トラウマがあるならトラウマとの板挟み離脱できない(逃げられない)で、殺人者との同居でどんどん精神がオカシクなっていく。ストレスフルにて死にそうなる。
仮に引きこもって部屋から出ない、親との接触を避けるとしても、親が養っている側だとしても、
親の気心1つ、財力1つで、明日にはシの宣告をできる立場である。
それはある意味、処刑の日を待ってるようなものであり、その恐怖を毎日与えられ続けているようなものである。
殺人者が『いつでもお前を殺せるよ?』と言ってるようなものである。
その恐怖に耐えたところで、ニートの方が頭がオカシイのだと思わせる社会の空気感あるから、ますます社会に対する不信感が芽生える。
親と社会、どちらからもこう言われているような感じ
『死ねばいいのに』『死なないなら殺す』
ニート「ふざけるな、誰が死ぬかよ。お前らの頭おかしいわ。お前らに服従(引きニートから離脱)する先に今より良い未来なんて見えんわ」
勿論、引きニートしてても良い未来は見えない。
虚勢を張るなら「社会に服従したくなけりゃあ、親にも服従したくない!」
と言えなくもないが、親はシの定めをくれた殺人者であるからして、言葉のみでたてつく訳にはいかない。防衛し武装しないといけない。
でも、養われてる身。防衛や武装なんかして不信感ありますよアピールして相手の自尊心を傷付ける訳にもいかない。
○死ぬのが怖い人にとっては子供を作る人が精神異常者にしかみえない。
だが、子供作らないでニートしている人は精神異常者として扱われる。この精神異常者ニートVS精神異常者(子づくりした親)の関係性は一生埋まる事はないだろう。
精神異常者ニートVS精神異常者(子づくりした親)は互いに
文字数(空白・改行含む):110文字
文字数(空白・改行除く):98文字
※200字未満です。
まだ投稿できません。
2017年 09月24日 21時58分
持論なんだが、点滴は頭痛と吐き気を生み出す地獄ツールではないか?
血液量上がる→血管広がる→末梢神経
言ってわかるもんじゃない。体験して、身をもって知るか、どのみち絶望と向き合う羽目になる
○男はカネを持つと浮気をするしカネが無ければないで妻にオンブされたいのである。
つまり、男はどうしようもなく結婚に不向きなのであって、結婚に向いている男というのは内面か女っぽいか、あるいは男らしすぎるかの、どっちかしか有り得ないのであって、そんな極端な人種が自分から積極的に恋愛しようとするかといえば100%有り得ないのである。
要するに恋愛で成功したい女は、アプローチしてくる男については必ず断る習慣を持ちつつ切り捨てるような覚悟を持ちつつ、恋愛に興味無い男を自ら積極的に探す、男あさりをしないと
文字数(空白・改行含む):210文字
文字数(空白・改行除く):208文字
○誰しも死ぬのは怖いのに、なぜ子供を作るのか?
死生観が正常であれば命を作るなんてありえない。死生観がまともでも、人生を舐めてるとか見識が狭いとかだと、うっかり子供を作ることはあるだろうか。
赤信号みんなで渡れば怖くないから、子供作り否定論はしっかりと公言していかなきゃ
揉み消されそう。
ともすれば死の恐怖を煽るのは人の幸せに水をさすようなものだから、匿名でないとやりたくない。
生きる為に動物を狩るのと、狩る為に家畜を生み出すのとでは
通常は頭がオカシクなきゃ子供作らんよ。
そして頭がオカシイのだから親が子供を殺すのは不自然ではない。
子供作っとけばある意味加害者。なのだから、加害者のくせに死の恐怖を云々言う権利はないだろう。
子供作らない人はただただ被害者という立場にあるが、子供作っている人々や親からは馬鹿者扱いされる。ともすれば犯罪者のくせに被害者の振りをして正義ヅラして弾圧する者が多い。
世の中は犯罪者こそが勝ち組なのだろうか?
きっとそうだろう。
生きるために動物を殺すのは正当化されるし、多くの屍の上にある
○社会不安症はスパルタ教育が作る?
本文
例えば物心ついた頃からスパルタ教育すると、物心ついた頃から既に社会不安症になる可能性
体罰教育、あるいは虐待教育の類は、それ自体に耐える忍耐は育まれたとしても
『そうでもしないと社会では生きられない』という先入観及び将来への恐怖感を植え付ける。
いわゆる社会不安症や面接恐怖症は教育虐待スケールに合わせて育つ能性あって、
たとえば日本は世界で一番塾が多いが、それは言い換えると『塾に行かせないといけない』という親へのプレッシャーも一番強いという意味かもしれなくて、教育虐待へと派生しやすい可能性
たとえば教育虐待から将来への不安感が植え付けられると同時に、学校等で虐め被害のトラウマ、思春期等にて容姿に関するコンプレックスが誘発されると、相乗的に将来への不安感社会不安が育まれてしまう。
塾に行かせるカネがない親は子供の勉強の面倒を自ら観て、つい感情的にスパルタ化するかもしれない。だが、それはみだりに将来の不安感覚を育てるだけかもしれなくて成績が上がってても、潜在的に面接恐怖症等が育ってしまい、、社会に出るときのスタートラインにてコケやすく挫折しやすく、なるかもしれない。
プラスの結果がついてくるなら問題ないかもしれないが、そうでない場合は不満感が増大するだろう。引きこもり100万人という日本の異常値には、もしかしたら、このような背景事情もあるのかもしれない。
〜後書き〜
失業率統計は、求職者ありきでカウントされる。ハローワークに行って仕事が決まらないときに失業者として加算される。
引きこもり人口100万人は求職者にはカウントされないので失業率にはカウントされない。
しかし、引きこもりであってもネットビジネスの世界で仕事求めてたりで、ある意味求職者である。
もし失業率に引きこもり数を加算するなら、日本の失業率は大幅悪化するかもしれない。そうなったら、金融市場におて日本への投資価値は下がる。
株価が下がったり、投資資本が国外に逃げたりで、何らかの不況因子になる
国にとっては、単純にハローワークへ行かれて求人加算(失業者)されるよりかは、引きこもって失業者してくれてる方がマシかもしれない。