北へふたり旅 66話~70話
北へふたり旅(68) 函館夜景③
「あちらは家族旅行。女子の2人旅。
遅い夏休みを楽しんでいる学生グループ。
恋人らしい2人連れ。わたしたちのような高齢のカップル。
いろいろな国から来た、海外のお客様。
このあたりまでは普通です」
「普通でないのは?」
「例えばあちら。腕を組んで立っている、お歳の離れたあのカップル。
どう見ても不倫旅行です」
「ほう。断言したね。根拠は?
父親と娘が旅行している可能性もある」
「娘さんと父親でも、腕を組むことはあります。
でもあんな風に男の人を、熱ぽく見つめたりしません。
お化粧が濃すぎるのも気になります。
水商売の女性かもしれません」
「手厳しいな、君は」
「こちらのホテルは、335室。
1組や2組、不倫中のカップルがまぎれこんでも不思議はありません」
「俺たちはどんな風に見られているんだろう?」
「誰が見てもどこにでも居る、すこし日に焼けたじぃさまとばぁさま。
その程度にしか見ていないでしょう。
誰も気にしていません。わたしたちの存在など。
さぁ行きましょ。お散歩!」
妻に促されてホテルを出る。
来た時と逆をたどる。ほどなく海沿いの道へ出る。
左側。車道がくびれた先に、古びたアーチの橋がかかっている。
引き寄せられるかのように、そちらへ方向をとる。
橋まではわずか。
ゆっくりアーチの石畳をのぼりはじめる。
「あら。素敵!」
橋の頂点で、妻が声をあげた。
真正面にゴンドラが行きかう函館山がそびえている。
左に赤レンガの倉庫が並び、右に遊覧船の青い桟橋と待合室が見える。
橋のたもとで若いカップルが、記念写真を撮っている。
港町函館らしいスポットが、とつぜん私たちの目の前にあらわれた。
「自撮りしましょ」妻がささやく。
「恥ずかしいよ」
「何言ってんの。旅の恥はかき捨てです。うふっ」
スマホを取り出した妻が、すばやく身体を寄せてくる。
人差し指と小指でスマホをはさむ。
中指と薬指で背面を支える。そのまま腕をうえへ伸ばしていく。
スマホを下向き20度にかたむける。
「いくわよ。あなた」
シャッターをあいている親指で押した。
「撮れました。記念すべき旅の一枚目です」
呆気にとられている間に撮影は終了した。
石畳をおりはじめたとき。やわらかい感触がわたしの左手へやって来た。
妻の手だ。
「なんだ?」
「うふっ。しあわせなら手をつなごう。です」
「しあわせなら手をたたこうだろう、それって」
「しあわせでしょあなたも。だってこんなに素敵な景色ですもの。
わたしは120%しあわせです」
ひさしぶりに握る妻の手はあたたかい。
握り返すと妻がわたしの指さきへ、さらに力をこめてきた。
こんな風にして歩くのは、いつ以来のことだろう・・・
(69)へつづく
作品名:北へふたり旅 66話~70話 作家名:落合順平