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記憶

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 この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。ご了承願います。

               中二病

 今年高校二年生になる釘谷あすなは、今までに恋愛経験がなかったわけではなかった。高校生になって女子高に進んでしまったのは自分の学力のせいで仕方がないのだが、中学時代までは共学だったので、好きになる対称の男の子は存在した。
 自分がそんなにモテるわけではないということを分かっているあすなは、男子に告白するなどという大それたことを考えることはあっても、実行したことはなかった。すべてが妄想の元に行われていて、諦めもよさもそれなりにあった。
 あすなが好きになる男の子というのは、どんな女子も好きになるような男の子であり、いわゆる「面食い」と言われても仕方がないのだろうが、あすなとすれば、自分が面食いだという意識はなかった。
「私が好きになった男の子を、皆もたまたま好きになったというだけのこと」
 と友達に話したことがあったが、友達は苦笑いしながら、
「それを面食いっていうのよ」
 と言われた。
 あすなには、自分が面食いだという意識も、ミーハーだという意識もなかった。その証拠として、小学生の頃や中学生の頃に皆が夢中になっているアイドルやイケメン俳優に対して、
――大したことないじゃない――
 という目でしか見ていなかったからだ。
 この事実がある以上、あすなが自分を面食いやミーハーではないと思ったとしても無理もないことである。要するに、
「ミーハーではないが、面食いである」
 ということなのだろう。
 だが普通考えれば、アイドルやイケメン俳優にまったく興味がないのだから、それは面食いではないと思ったとしてもそれは当然のことであり、その二つが一種にならないということがあすなにとって信じられないことと言えるのではないだろうか。
 そんなあすなだったが、中学時代に好きな男の子がいた。その子は別に女の子から人気があるわけでもなく、まわりに普段から誰かがいるというわけでもないタイプで、
「孤独が似合う」
 男の子だった。
 あすなはそう感じていたのだが、まわりの女の子は違ったようだ。
「いつも一人で、何を考えているのかしらね」
 とどちらかというと気持ち悪がられていた。
 あすなにも中学時代、同じ理由で気持ち悪いと思う男の子もいたが、好きになった男子とはまったく人種が違うと思っていたのに、他の女の子は一括りで見ていたようだ。あすなが気持ち悪いと思っている男の子のことは、他の女子も同じように気持ち悪いと思っている。同じ感覚を持ちながら、あすなが気になる男子に関しては、どうしてここまで違うのか、ひょっとするとあすなが気になった理由は、そのあたりにあるのかも知れない。
 あすなは、親友だと思っていた女の子に、
「誰にも言わないでよ」
 と釘を刺したうえで、自分が皆の気持ち悪いと言っている男の子を好きになったということを明かした。
「えっ、そうなの?」
 と驚きの表情の裏に別の表情があったが、気持ちの奥を読むことはできなかったが、たぶん、距離を感じるような遠い目で見ていたのかも知れない。
「う、うん。親友のあなたにだから打ち明けたんだけどね」
 と言って、本当は告白するのがいいのか、進言してほしかったのだが、見ているだけで、それは望めないことが分かった。
 もし助言されたとしても、とてもその助言をまともに聞く気はしなかったからだ。それだけあすなにとって彼女の表情が意外であり、
――これが親友だと思っていた人の顔?
 という気持ちになった。
 案の定、誰にも言わないという約束はチリ紙のごとく簡単に破かれ、一気にクラスの中で拡散されていた。
「へえ、あの子、そんな趣味があったんだ」
 と言わんばかりの視線を浴びて、あすなは自分の居場所を失ったことを知った。
 幸いだったのは、ウワサは女子だけにとどまり、男子の耳には達していなかった。だから本人の耳には入っていないだろうということだった。
 女子も、男子には言いにくかったのだろう。他の男子の悪口になるようなことは言わないようにするという最低限のルールは、クラスの中で形成されていたようだった。
 それだけに自分に対してのこの仕打ちには、合点がいくわけはなかった。あすなは親友だと思っていた彼女はもちろん、クラスの女子全員を一気に敵に回してしまったことを自覚していた。
 あすなはクラスの女子から、
「あの子は少し変わった人」
 というレッテルを貼られてしまい、男子に詳しい理由を明かされないまま、そんなレッテルを貼られているということだけがウワサになってしまった。
 何とも中途半端な話である。
――まあ、しょうがないか――
 と諦めの境地にはなっていたが、さすがにまわりの視線のきつさには、辛いものがあった。
 だが、慣れというのは恐ろしいもので、
――最初から、そうだったんだ――
 と思うことで辛さは半減して、まわりからの視線を自分なりのバリアで防ぐことができるようになったという意識はあった。
 もう一つは、
「自分を目立たない位置に置くこと」
 というすべを身に着けることで、まわりからの余計な視線を避けることができるような気がしたのだ。
 存在感をなるべく消すという意識である。
「石ころというのは、目の前にあって見えているのに、誰にも意識されることはない。自分さえ意識しなければ、その存在を消すことができるんだ。問題は自分であって、消せるか消せないかは自分に掛かっている」
 と思っていた。
 見えているものの存在を消すなどということは、人間であれば不可能だとあすなはずっと思っていた。この思いはあすなに限らず、たいていの人は思っていることだろう。
「自分の存在を本当に消したいと思っている人が消せないことで苦しむ。そのために悲劇が起こり、ドラマや映画にもなる」
 という意識もあった。
 そういえば、小学生の頃に見たマンガで、自分の存在を消したいと思っている男の子に、男の子を助けるために未来からやってきたロボットの友達が与えた「アイテム」に、石ころをモチーフにしたものがあった。
「これを身に着けていると、君は誰からも意識されないんだ」
 とロボットがいうと、
「じゃあ、透明人間になるのかい?」
 と主人公の質問に、
「いいや、透明人間になるわけではないんだ。あくまでも人からは君が見えるんだよ。でもこれを身に着けていると、見えていても存在を意識されることはない。君だって、道端に落ちている石ころを、いちいち意識したりするかい?」
 と聞かれて、
「言われてみれば」
 と主人公は納得したが、あすなも一緒になるほどと思った。
 これはあすなだけが感じる感覚ではなく、このマンガを読んだ他の人も、皆一斉に同じことを思うに違いない。あすなはそう信じて疑わなかった。
作品名:記憶 作家名:森本晃次