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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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そこから電車を二度乗り換える時も、降りた駅でも、道を歩いている時も、僕は懐かしさを感じていた。見たことのある景色が続き、通ったことのある道ばかりをなぞって、僕たちはやっぱり「喫茶レガシィ」に着いた。

「えっ…いいとこって、ここ…?」

僕は美鈴さんがてっきり小さな雑貨店にでも案内してくれるのかと思っていたから、二人の思い出の喫茶店ではあるけど、アクセサリーや指輪なんかとは全く関係がなさそうな場所に連れてこられたことに、びっくりしていた。

「うん。入ろ?」

「う、うん…」

僕たちはドアベルを鳴らし、青い絨毯と赤い椅子のコントラスト、それからいつものクラシック音楽が迎えてくれる馴染みの店に入っていった。




「あら美鈴ちゃん。夏休み中は来なかったね。お勉強してたの?」

「はい。ごぶさたしちゃってすみません。ブレンドを二つお願いします」

「かしこまりました。お連れさんはお砂糖ね」

「あ、はい…」

マスターはいつものようにロマンスグレーの髪の毛束をきっちりと整えて黒いベストを着込んでいて、ピカピカの革靴で僕たちを席まで案内してから、キッチンに戻って行った。

椅子に掛けてから美鈴さんの顔を見てみると、さっき宝石店でしょぼくれていたのが嘘のように、彼女はうきうきとする胸を抑えるように口元をむずむずさせながら微笑んでいた。

「あの…美鈴さん、ここが「いいとこ」って…どういうこと?」

僕がそう聞くと、美鈴さんはそれを待っていたかのように、急に僕の方に身を乗り出し、囁き声で答えてくれた。

「実はね、マスターは銀細工が好きなの。自分でも作ってるんだって。だから、マスターにお願いしようと思って」

「えっ、銀細工!?マスターそんなことまでしてるの?」

僕は驚いて大きな声を上げてしまい、美鈴さんは慌てて人差し指を唇に当てて、「しーっ!」と言った。

「あ、ご、ごめん…」

「まだ内緒にしといて、マスターが珈琲運んで来たらお願いしようよ。前にマスターが作ったものを見せてもらったけど、すごく綺麗だったから、きっといいよ!」

「そ、そっか…」


それにしても。と、僕は遠くからミルで珈琲豆を挽く音が聴こえてくる中、考えていた。

このお店はヨーロッパ、特にイギリスを意識しているような風合いの伝統を感じるし、ヨーロッパでは銀食器なども有名な品だ。それを自分でも作ってみようと思ってしまうマスターは、どれだけヨーロッパの伝統を愛しているんだろう…と、僕はちょっと途方に暮れた。すごい人が居たものだ。


そんなことを考えている間に、マスターが珈琲を銀色のトレイに乗せて運んできた。僕はさっきの美鈴さんの話を聞いて、「もしかしてこれも銀なのだろうか」とちょっと考えてしまった。コーヒーカップは今日は、緑色に全体を塗られて、その上に楽器を演奏しながらも腰に剣を差した男性たちが綺麗に描かれた、不思議なものだった。

そしてカップがテーブルに置かれると、美鈴さんはマスターに意味深な調子で手招きをして、体を折り曲げたマスターの耳元に何事か囁き始める。

美鈴さんが一言一言ぶつぶつとマスターの耳に何かを入れるごとに、マスターは顔を輝かせ、僕をちらっと横目で見て思惑のありそうな顔をしたりして、美鈴さんの話が終わると、元気よく背筋を伸ばして、「いいじゃない!やらせてもらうよ!」と返事をした。

「いや~、そういうことなら頑張っちゃうなあ~。あ、そうだ、じゃあサイズを測らないとね!」

そう言ってマスターはすぐにトレイを抱えて奥へと走って行き、しばらくして二本の細長い紙テープを持って戻ってきた。

僕は話に参加していなかったけど、指環を頼んだのはわかるし、マスターに手を引かれるままに、なんとなく恥ずかしい気持ちで、左手の薬指に紙テープを巻かれ、お店のボールペンで印を付けるマスターの細い指を見ていた。

美鈴さんも僕も採寸が済むと、マスターは一応と言って話を始める。

「銀の材料費くらいだから、そこまで安いってわけじゃないけど他の費用は要らないから。僕は素人だし。それから、シンプルに平らな銀の指輪がいい?それとも、全体を叩いて凹凸を作るときらきら光って綺麗だったり、溝を掘って模様にすることもできるけど…」

マスターがそう説明すると、僕たちはちょっと迷ったけど、美鈴さんが「叩くやつ!」とにこにこしながらマスターにお願いしていた。

僕はちょっと置いてきぼりにされてはいたけど、元々は美鈴さんのためと思って指環を用意したかったんだし、喜んでいる美鈴さんを見ていて嬉しかった。
「じゃあ、できあがりは一週間くらい待ってもらえる?そしたらまた来てね」

そう言ったマスターに二人で元気に「はい!」と返事をして、僕たちはそれから、日々の楽しかった話をしたり、できあがった指環がどんなものか想像して話し合ったりなんかしていた。

その時、僕が「家で人に見られるわけにいかないから、指にはつけていられないけど、いつも首から下げることにするよ」と言うと、美鈴さんは「うん」と言って控えめに笑った。

僕が胸を痛めて美鈴さんをじっと見つめていた時、「約束、覚えてるよ」と美鈴さんは言って、コーヒーカップに口をつけた。