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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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第十七話 銀色の約束









僕たちは、だんだんと冷たい風が吹くようになり、暑さが薄れたある秋の日曜日、二人で身に着ける指環を買おうと街に出た。

木々が少しずつ葉を落とし、金木犀が香り始めてくるこの季節は、どこか温もりが恋しくなって、僕たちの距離も知らず知らずに近くなる気がした。

僕と美鈴さんが繋ぐ手が温かくて、美鈴さんは夏に着ていた白いワンピースの上に、温かそうなオレンジ色の、網目の細かいカーディガンを羽織ってそれを腰の下まで垂らし、小さなブーツで足を包んでいた。


僕はその日の朝、日曜でも変わらずに仕事に行く父さんに朝の挨拶をした時、父さんが左薬指にしている母さんとの結婚指輪を、盗み見るようにして見ていた。

それは、金のリングの台座に大きめのダイアモンドがはめ込まれた指環で、しっかりした骨が浮き出た父さんの指に、対比するような繊細な輝きを添えていた。それから僕は、母さんの細い指に同じデザインの指輪が巻きついているのを見たのも思い出していた。大きなダイアモンドは、母さんのたおやかな白い指を彩って、より美しく見せていたことを。


僕はやっぱり、「そんなに高いものは買えないけど、なんとかして僕たちも綺麗な指環が買えないかなあ」と考えていた。




待ち合わせは駅前広場ということになっていたけど、とても大きな繁華街の駅なので、「これは美鈴さんを探すのに苦労するかもしれない」と思った。

混み合って行き場のない電車を降りて、一瞬でも気を抜けば誰かに突き当たってしまいそうな人ごみを抜け、僕は改札を出る。改札の外に掃き出されていった人たちは、元々人の多い街をさらに混み合わせていった。

僕はずっときょろきょろと辺りを見回し、彼女とのやり取りをしていたSNSアプリのメッセージ画面を何度も見返していた。

しばらくして改札を振り返った時、急いでこちらへ駆けてくる彼女を見つけたので、僕は手を振る。




街中は人で埋まっていて、僕たちは並んで歩くわけにもいかなかった。はぐれないようにと美鈴さんの手を引いて、僕たちは駅前の大きな横断歩道で人々を避けながら渡り、それからも行き交う人に押されながら、狭い歩道を苦心して歩いた。そして、やっと宝石店に着いたのだ。

豪華な宝石をふんだんにあしらったネックレスや、大粒の真珠やサファイア、ダイアモンドがはめ込まれた指環が飾られている間にある自動ドアをくぐり、二人で顔を見合わせながら緊張して店内に入る。

「いらっしゃいませ」とは聴こえたけど、店員さんは他のお客さんにかかり切りになっていた。お客さんたちはどの人も、お洒落なスーツを着込んだ男性や、ドレスに身を包んで帽子をかぶった綺麗な女性などだった。

店内には真ん中に大きなショーケース、それから壁をくり抜いて宝石を飾っているいくつかのガラス窓、あとは四角い店内の形にぐるりとまた宝石が陳列されていて、高い天井からいくつも下げられたシャンデリアによって、店の中は明るく明るく照らされていた。

自動ドア付近の店名が書かれたマットの上で、僕たちは煌びやかな光景に圧倒され、その場からしばらく動けなかった。

「なんか…場違いって感じだね…」

「う、うん…」

とりあえずは見てみるだけでもと一番店の奥から遠い、僕たちに近かったショーケースを覗き込み、控えめに輝く小さなダイアモンドの指輪を見つけた。そしてそのそばに添えられた、値段を示すのに小さな数字のブロックが並べられたものを見て、僕は愕然とする。

「えっ…」

僕の隣で、美鈴さんも「ひえっ…」という声を小さく上げた。


そう、僕たちは宝石の値段を全然全く、知らなかった。今までの人生で考えたこともなかったから、「職人の手で仕上げられた良質な宝石の指輪」が一体どれくらい高価なのか、ほんの欠片ほどの知識もなかったのだ。言ってしまえば、だからこそ「恋人同士の揃いの指輪を大学生が買いに行く」という時に、都会の一等地にある宝石店に、ぽーんと来てしまえたのかもしれない。


全く馬鹿げた話だけど、僕は宝石店に行くのに、二万円しか持っていなかった。


それから僕たちは立ち尽くしたまま店内を見渡したけど、そのままその店で安目のものを探すのも野暮な気がして恥ずかしく、そしてここには「安いもの」など絶対に無いのも分かって、二人ですごすごと宝石店を後にした。




美鈴さんは来た道を戻りながら駅前までを歩く間、少し考え込んでいるようだった。僕は己の身の不甲斐なさ、そして恥ずかしさに打ちひしがれて、何も言うことができなかった。

「ねえ…私、いいとこ知ってるよ?」

駅前に着いた時に、美鈴さんはそう言った。僕はそう言った彼女に連れられ、もう一度電車に乗ったのだった。