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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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翌朝は少し眠かったけど、いつもより早く学校に行くようにした。学生ホールで円形の大きなソファに腰掛けて、僕は教科書を読んでいた。

学生ホールは建物の角にあるので、二面がガラス張りだ。ホール中央には僕が座っている円形ソファがあり、ソファの真ん中には大きな観葉植物が植えられている。それから、丸いテーブルに三つ四つほどの椅子が据えられたセットが点々と並べられ、ガラス面の反対にあるホール入口の横には、パンや菓子、ジュースの自動販売機があった。

僕の掛けているソファの中心から伸びている緑の大きな葉は、ゆったりと影を落とし、生徒達は欠伸をしながら自動販売機でパンを買ったりジュースを買ったりして、あまりソファや椅子に掛けて居ようというのんびりした人は少ないけど、窓際にあるテーブルに就いてレポート用紙を広げている生徒や、壁にもたれて友達を待っている風でスマートフォンを片手に、これまた欠伸をしている生徒もちらほらと居た。

あたりはざわついているという風でもないけど、朝の忙しい時間帯だからか、そう静かでもなく、足音やちょっとした話し声も聴こえていた。

そこに、コツコツと、聴き慣れた足音がゆったり絨毯に吸い取られて、柔らかく僕の耳に響く。僕が顔を上げると、こちらに駆けてくる美鈴さんが居た。僕はゆっくり立ち上がる。

「おはよう」

「おはよう。体はもういいの?」

「うん。今朝は食欲もあったし、平気だよ!」

美鈴さんは朝の日光だけのおかげでもなく、顔色も良くて、僕は少し安心した。彼女はいつも通りに笑っているようだった。


でも僕はその時、小さなことに気づいた。


美鈴さんは、僕と会ったばかりの頃は、「真面目な大学生」らしく、いつも真剣な顔をしていたように思う。でも、僕と過ごして、僕と話をする回数が増えていくごとに、美鈴さんは、僕を見るとすぐに笑ってくれるようになった。


前に美鈴さんと学生ホールで会っていた頃、彼女はにこっと笑うくらいだったけど、今は子どもがはしゃぐように、素直な笑顔を僕に向けてくれる。


少し前に学食で起きた事件と、彼女から聞いた話を思い出して、僕は、「もしかしたら、僕は彼女の支えになれているかもしれない」と思えた。


「…どうしたの?」

美鈴さんは、僕が黙り込んでいるので、鞄を持った両手を後ろに回して、体ごと動かして僕の顔を覗き込んだ。

ほら、こんなに彼女の心は軽やかになった。

出会ったばかりの彼女の、少し張り詰めた空気をまとった体の動きを思い出して、僕は安心した。

「いや、美鈴さん、すごくよく笑うようになったなと思って」

「え?そ、そうかな?」

彼女は恥ずかしそうにあたふたとしているけど、それも始めの頃はとても見られなかった顔だ。僕は大学の中ではあるけど、これくらい許されるだろうと思って、一瞬だけ、彼女の頭に手を乗せ、髪を撫でてからすぐに腕を下ろした。

「うん。それに、いろんな顔を見せてくれるようになったよ。僕、うれしいな」

僕がそう言うと、美鈴さんは訳知り顔になって、ちょこちょこと爪先で僕に近づく。

「それは、馨さんも同じだよ」

「えっ?そ、そうかな…僕、変な顔してたりする…?」

そう言って僕が片手で頭を掻くと、美鈴さんは堪え切れなかったのか、ちょっとふきだした。

「そういう顔。あわてんぼで、変だけど、好き」

愛おしいものを見るような、そんな三日月型の目で微笑んで、両手を後ろに組んでちょっと美鈴さんは背伸びをする。そうして僕を見つめる美鈴さんを見て、僕は急に周りの目が気になった。

きょろきょろと辺りを見回すとたくさんの学生が居て、そのうちの何人かと目が合っただけで、余計に僕は、「自分たちのことを悟られているのではないか」と焦ってしまう。

「み、美鈴さん…!そういう顔は、二人きりの時だけにして…!あの、ここだと…!」

僕が必死にそう言って美鈴さんを説得しようとすると、美鈴さんはちょっとため息を吐いた。

「そういうところは変わらないんだから…まあ、シャイなのも、好きなとこだけどねー」

ちょっと唇をとんがらせ、美鈴さんは残念そうに横を向く。それはコミカルな表情で、本当は笑ってくれているとわかった。

「あ、えっと、ごめん…」

なんとなくあやまってしまうと、美鈴さんはぱっと不満そうな顔をやめ、僕の右手を取る。


「久しぶりの、馨さんの手。やっぱり、あったかいね」

「あ、う、うん…」


さっき僕は、周りの生徒に関係を悟られるようなことは、と止めたけど、実際に彼女に触れてしまうと、そんなことは忘れてしまった。