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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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新学期が始まり、僕はまた学校へと通うようになった。でも、最初の数日、美鈴さんは学校に来なかった。

僕は学校が始まった二日目に美鈴さんにメッセージを送って、様子を聞こうとしたけど、返信はなかった。

美鈴さんの身に何かあったのかと、気が気でない三日目の次の日、僕が学校から帰宅して勉強をしていると、スマートフォンがベッドの脇で小さく小刻みに震えて、その回数で美鈴さんからの返信を知った僕は、慌てて勉強机を離れてベッドに駆け寄った。

SNSアプリのメッセージ画面を開くと、書いてあったのはこんなようなことだった。


“返信遅くなってごめんね。実はちょっと体調を崩して熱が出ていたから、しばらく起き上がれなかったの。”

その文言のあとに、「ごめんなさい」とあやまるカエルのスタンプが送られてきたけど、僕はこう書き送った。

“返信は気にすることないよ。熱が出ていたって大丈夫?高い熱だったの?”

“うん。ちょっと、疲れすぎちゃったのかな。夏風邪は酷くなるって、本当なんだね。”

“疲れすぎたって、勉強のしすぎ?”

“それもあるけど、並行していつもアルバイトしてるから、夏休み中に勉強を頑張ろうとしたのもあって、ちょっと疲れがたまってたんだと思う”


アルバイト?そういえば美鈴さんから生活費のことは聞いたことがなかったけど、彼女は今でも自分の生活費や学費を自分で稼いでいるのかと思って、また頭が下がる思いがしたし、どんなアルバイトなのかが気になった。そんなに大変なものなのだろうか?


それに、一日中家で勉強をしているんだろう美鈴さんが、アルバイトをしに出かけていくのも想像しづらかった。


“アルバイトってどんな仕事をしてるの?”

“テープ起こしだよ。録音されたものを、テキストファイルに書き起こすの。実はね、私、けっこうベテランだから、お給料が良い方なんだ。”


僕は少しほっとした。もし美鈴さんのしている仕事が辛いものだったらどうしようと、不安だったからだ。

“そうなんだ。すごいね。でも、あまり無理しないでね。今は体の具合は?”

“まだ少しだるいんだけど、明日は学校に行けそうかな。”

“そっか。じゃあ明日学校で待ってるけど。無理そうなら家で休むんだよ。”

“うん。ありがとう”

“今晩ももう遅いから、寝るかな?”

“そうだね、やっと返信を返せたところだけど、そろそろ眠いかも。”

“じゃあ、これでおやすみ。ゆっくり寝てね”

“ありがと。じゃあおやすみなさい”




僕はスマートフォンのメッセージ画面をぼーっと見ながらベッドに横になり、やがて画面が自然と暗くなってスリープモードになるまで、そのままだった。

無力感を感じていた。


僕は夜に家を出ることはできない。必ず家の誰かに見咎められて、どこへ行くのか聞かれるし、深夜の外出を止められるだろう。だから疲れた彼女を慰めに、彼女の世話をしに、出かけてゆくこともできない。

彼女に助けが必要な時にさえ、僕は傍に居るだけのこともできない。

それで彼女は悲しまないだろうか?苦労だと思わないだろうか?

答えははっきりしている。この間僕は、泣いている彼女を抱きしめていたんだから。

自分にやるべきことがあるのも、彼女とのことを認めてもらうにはそれを先にやらなければならないことも、もう承知したはずだった。


僕はぼやけた両目をベッドの天蓋へと向けて、ごろりと横になった。そこには、美鈴さんの泣いている顔が浮かぶ。僕はそれを打ち消そうとは望まなかった。


これから、何度となく彼女にこんなことが降り掛かるだろう。僕も彼女の傍に居られないさみしさを味わい続けるだろう。本当に、そんなことでいいのだろうか?

彼女をいつか幸せにしたいと思っているのに、今、悲しませていていいのだろうか?


僕はその時に決めた。


「美鈴さんに会えたら、必ず愛していることを伝えよう。何度でも。必ず会える日を作ろう。それから僕は、早く成長するため、努力しよう。それは美鈴さんのためでもあり、自分のためでも、仕事のためでもある。」


僕の体の中で、それまで見てきた出来事がだんだんとまとめ上げられていき、おなかの底にふつふつと力が湧いて来るのを感じていた。壁に掛けられた振り子時計を振り返ると、十一時四十二分だった。

“僕には時間はいくらあっても足りないんだ。”

そう思ってベッドに起き直ると、僕は立ち上がって勉強机に戻り、そのまま勉強を続けた。