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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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「まずは点呼、それからその日の目標を明確にして、決められた作業の確認をしてからみんな作業に入る。私たちは工場長について各作業所を回るから、お前は安全に注意して、良く現場を見ておきなさい」

「はい」


工場の制服に着替えて父さんと工場長さんの居る製鉄所の奥に案内されている間、僕は何度も度肝を抜かれた。

そこらじゅうがちょっと触るだけで危険な機械だらけだ。機械たちはガシャガシャと大きな音を立てながら、工場の灯り取りの窓から降り注ぐ朝日をビカビカと照り返している。そこらじゅうで火花が散り、溶かされた鉄は、まるで真っ赤な揚げ油のように、ゆらゆらと型の中に流し込まれていった。


やがて「高炉」と呼ばれる機械の前にたどり着き、工場長さんはそこから鉄を取り出す仕組みを説明したり、それにかかる原料の重さなど、稼働に何が必要なのかを教えてくれた。

工場長さんが説明している時、僕たちは高炉の中を覗き込む窓の近くに居た。

工場長さんの話が終わったので、僕がその窓に近づいてみようとすると、先に窓の中を覗き込んでいた作業員さんが、こちらを見もせずに、手で僕を制止した。

その作業員さんは、窓の近くの手すりにもたれて、暑そうに作業服をパタパタと煽ると、ヘルメットを額の上に持ち上げながら、「作業中だ、邪魔しないでくれ」と、短く言った。

僕はその人から感じた、気難しい職人のような気迫に押されてしまい、一歩下がって父さんを振り向くと、父さんが声を殺して肩を震わせ、口元を押さえて笑っているのを見た。

父さんは僕も見ずに、笑うのをやめてから、その作業員さんに近づいていく。

「相変わらずだね、清さん」

父さんがそう口にすると、高炉の中をひたすら睨んでいた作業員さんが急に振り返り、「社長!」と喜んで笑顔になった。

「あんたが来てるなら、言って下さいよ!」

そう言って、清さんと言われた人は気恥ずかしそうに笑いだし、父さんも笑った。

「いやいや、邪魔されるのは好きじゃないでしょう。それに、この火の見極めは、清さんを含めて五人しかできないからね。今日は清さんだけ?」

「いや、田中も居ますよ。他の三人は今頃はまだ布団の中でさぁ。いい気なもんで」

「まあまあ。じゃあ作業に戻ってくれて結構だ。頼んだよ」

「任せて下さいよ」

そう言ってもう一度火の中を見つめようとした「清さん」は、慌てて僕に向き直った。

「よう息子、悪かったね。お前もがんばんなよ!」


「…は、はい!」




僕は、父さんと「清さん」が朗らかに話して、互いの仕事を尊重し合っているように見える様子に、少なからず感動し、身震いしながら工場を出た。父さんも帰る道々、まるで旧友と話し合ってきた後のように微笑んでいた。

そして帰りの車の中で、父さんは今度はこう言った。

「馨、末端の社員のためには社長は何をすべきだと思う?」

僕は急にとても大きな質問をされたので、しばらく考え込んでいた。すると、じれったくなったのか、父さんは先を続ける。

「…給与の保証も大事だろう。このような危険で過酷な作業現場なら、安全管理対策や、雇用環境の改善も大事だ。でも、それよりなにより、きちんと社員の働きに向き合い、感謝する気持ちが一番大事なんだ。その思いがあるからこそ、その前に言ったようなことを実現しようと、社長は躍起になる」

僕はそれを聴いて、胸がふくらむような喜びが湧き上がった。そして同時に、「清さん」がくれた激励も胸に蘇る。


「今日は、良い日になっただろう?」


父さんはそう満足そうに言って、僕を振り返る。それはいつもの厳しく責めるような目ではなく、仕事の喜びを僕に教えてくれる、優しい色をしていた。


「はい、とても。ありがとうございます」