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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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「入って」

褪せた黄色の小さなアパートに着いて、あの錆びた階段を上り、僕たちは美鈴さんの部屋に入っていった。


部屋の様子はさほど変わっていなくて、でも、机の上に勉強道具が投げ出されて広げられたままだったのが目についた。

「あ、ごめん、それ、今朝からずっとやってて…」

「そうだったんだ」

すると、美鈴さんは何かを言おうとしてちょっとうつむいたけど、僕に座るように勧めてから、この間と同じように僕の前に座って、言い出しにくそうにもじもじとしていた。

「どうしたの?学校の勉強、大変なの?」

僕がそう言うと、美鈴さんは首を振ってから、テーブルの下できっちりと正座をした膝の間に両手を置いて、ちょっと肩に力を入れて持ち上げるようにし、僕を見つめた。


「私、教授になるの。なりたいと思ってる。今の大学で」


そう言った彼女は、まるでそれを僕に頼み込んでいるように、懸命に僕を見つめていた。力強い瞳の表情は、ちょっと暗い美鈴さんの部屋の中で、決意の強さにある影を、くっきりと濃くする。

「…そうなんだ。応援するよ。美鈴さんになら、できる」

さっき自分がもらった言葉を、僕は本当の気持ちで返した。

「ありがとう。だから…実は私も、忙しくなるんだけどね」

そう言って美鈴さんはちょっとおかしそうに笑う。それから僕たちはカメラ屋の袋を開けて、アルバムを作りに掛かった。




「一緒に行ったイタリアンのピザ、やっぱり美味しかったよね」

「シェフも良い人だったでしょ?」

「あ、うん…「彼氏」ってすぐに見抜かれちゃったのは、恥ずかしかったけど…」

「普通、ああいう時に二人きりだったら、わかるよ」

「そうなんだ…」

そう言いながら僕は頬を掻き、レストランで美鈴さんが撮った写真を、アルバムに何枚か差す。



「この美鈴さん可愛い」

「そうかな…」

「水着姿の僕ってなんか間抜けだなぁ」

「そんなことないよ!馨さんかっこいいじゃん!」

「えーそうかなぁ…」

そう言って、今度は僕の撮った海水浴場での写真を整理していく。お互いに、自分になかなか自信が持てていないようだけど、お互いが大好きなのだとわかって、僕たちは顔を見合わせて赤くなったり笑ったりした。



「初めてここに来た時、馨さんすんごい緊張してたよね」

「やっぱりわかってた…?」

「もちろん。私もすごく緊張して、もうどうにかなっちゃいそうだったけど」

「僕、今も緊張してるよ、少し」

「え?そうなの?」

美鈴さんの部屋で撮った写真を、美鈴さんがアルバムに差す。その手を、僕はぎゅっと握った。

「美鈴さんがこんなに近くに居たら、きっと、いつもそうだよ」