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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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僕たちは前の日に決めていた美鈴さんの家の最寄り駅で待ち合わせていた。今度は僕より先に美鈴さんがそこに居て、僕は時間通り十時には着いたけど、きょろきょろと辺りを見渡しながら僕を探している彼女の目に留まりやすいように、片手を頭の上で振った。

じれったい気持ちで改札を抜けて、彼女の元に駆け寄る。

「お待たせ、美鈴さん」

「うん、久しぶり」

美鈴さんはいつも通り微笑んで、「カメラ屋さん、少し遠いから」と言って歩き出す。



その日の美鈴さんは薄い生地で作られた褪せたようなモスグリーンのプリントTシャツをひらひらとなびかせ、幅の広めなデニムジーンズを履いていた。足元はいつか見た、細い紐で幾重にも足を絡め取るようなサンダルだ。デニムジーンズは、美鈴さんのきびきびしてテンポの良い歩き方にとてもよく合っていて、こういうのも似合うんだなと僕は新しい発見をしていた。

それから、美鈴さんは小さなカンカン帽のような帽子をかぶっていて、それには幅が広い青紫のリボンがぐるりと回してあった。可愛い。

「暑いね」

「うん」



外に出ると僕は日光に目が眩んだけど、美鈴さんは帽子のツバの影を、唇の上くらいまで落としていて、強い日光で濃い影が差した美鈴さんの目元に、僕はちらっと悲しそうな影を見たような気がした。それで、口を開かずにはいられなかったのかもしれない。

「今朝さ…家の、執事と話したんだ」

「執事さん、いるんだ」

美鈴さんはちょっと驚いていたようだけど、僕は構わず先を続ける。

「うん。家に長く居る人で。多分、父さんのことを良く知ってる。だから、僕聞いたんだ。「どうすれば認めてもらえるか」って。ぼやかしてだけどね。」
「…そしたら…?」

僕が途中で言葉を切って考えていたので、美鈴さんは不安げにちょっと歩道の中で距離を詰めて、僕に近寄ってきた。僕は彼女の手を取る。

「うん、「何をすべきか言われなくてもわかるようになれ、父さんを見てそれを学んで、「やるべきことをやってる」って言えるようになれ」って言われた」

「そう…」

美鈴さんはまだちょっと不安そうで下を向いてしまいそうになったけど、大きく顔を上げて僕を見つめて、目を見開いて光らせる。

「馨さんなら大丈夫だよ!きっとできる!」

「うん、やってみるつもり。上手くいかなきゃ、会社も良くなくなっちゃうしね」

僕はそこでふっと、「責任」という言葉が胸に湧く。不意に苦しくなる気持ちを必死に跳ね返して涼しい顔を作った。それでも、美鈴さんに嘘は吐きたくなかったんだ。

僕は少し歩みを緩めて、彼女の手をきゅっと握る。

「…不安な気持ちがあるんだ」

僕がそう口に出すと、美鈴さんは頬を弾き飛ばされたようにこちらを見る。僕はそれでも歩いている前を見ていた。

「でもそれは、大変なことだとわかっていれば当たり前に湧いてくるものだと思う。だから、まだ何もしないうちに不安で逃げ腰になんかなりたくないし、とにかく父さんに仕事についての教えを乞うよ。自分でも、学校でも会社でも勉強がしたい。大きく成長しなきゃならないんだ」

そうして美鈴さんを見て笑って見せると、美鈴さんは嬉しそうに、満足そうに微笑んでくれた。

「うん…」




少し長く歩くと、大きくも小さくもない、カメラの店に着いた。

店内に入ってすぐの脇にあったセルフプリントの機械の前で、僕たちは一人ずつスマートフォンを機械に繋げた。

二人で決めていた、「自分たちに関わる写真は全部」という目的の元、それらすべてを見つけては画面上でタップして選んで、プリントアウトの「決定・印刷」のボタンを押した。


それでも枚数は少なかったので、カメラ屋の店内で販売していた中で、一番ページ数の少ないポケットアルバムと、それからフォトスタンドを一つ買って店を出た。


僕は先に店を出た美鈴さんについて自動ドアをくぐったけど、美鈴さんはお店のドアの前で立ち止まって、こちらを振り向きもしなかった。前を回って彼女の顔を覗き込んだ時、彼女はぽつっと、「うちで、アルバム作ろ…?」と、僕を見ないで言った。

「うん、そうしよう」



僕たちが無言で美鈴さんの家を目指している間、「これからあまり会えなくなることで、余計に寂しい思いをするのは美鈴さんかもしれない」と思った。だから、美鈴さんにどうしても聞きたいことがあったけど、それが彼女に嫌がられるかもしれないと思うと聞けなかったし、道端で口にできることでもなかった。