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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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僕は翌々日の朝、両親に外に連れ出される時によく着るスーツの中から、なるべく地味なものを選んで着込み、家の車に乗り込んだ。運転は父さんがした。父さんは車を運転するのが好きらしく、うちには運転手だけは居なかった。


「お前も免許を取らないとな」

「はい」


車中での、父と息子の会話はそれだけだった。






車を降りたところは、本社の駐車場の中だった。さすがに僕もここに連れて来られたことはまだなくて、車を降りてから緊張していた。

広くて暗い駐車場の出入り口に居た警備員さんにちょっと会釈すると、警備員さんは僕が社長息子だと分かっていたのか、急にうろたえて慌てて礼をしてくれた。「そんなにしゃっちょこばらなくていいのに」と思ったけど、仕方ないことなのかな、と僕はちょっとため息を吐いていた。




社内に入る前に、父さんから仮の社員証を渡された。名前と僕の顔写真がプリントされているだけで、もちろん役職名なんかない。赤い紐の社員証を首から下げようとすると、「こら、玄関で使うんだ、持っておきなさい」と父に言われた。

社員証を玄関の奥にあるゲートの読み込み部分にタッチして、僕たちは真っすぐに、一番奥にあるエレベーターに向かった。その間に、いろいろな人とすれ違ったけど、その人たちはみんなこちらに向かってお辞儀をしていて、僕はそのたびに気まずい気分になった。


僕と父さんはあまり顔は似ていないけど、学生らしき人物を父さんが連れていれば、みんな息子だとわかるのだろう。僕に微笑みかけてくれる人も居た。その人に、果たして本当に笑顔を返せたかどうか、僕にはわからなかった。




エレベーターに乗ると、父さんは矢継ぎ早に喋り出した。


「今日はこれより、十三時から定例会議がある。上役は全員集まって、報告と、それから方針の修正、あとは確認すべき事項を皆で出して調べ合う。お前にもその中身について触れてもらうことになる。だからこれだけは守れ。絶対に会議で聞いたことを外部に漏らすな。極秘というわけではないが、お前にとってはどれが重要な情報かもまだわからないだろう、だから「一切」という括りでいい。それから、発言もさせる。質問か意見かはどちらでもいい。ただ、感想のみに留めるような無様な真似は私は許さん。これは重要なことだ。社内の人間から受ける第一印象として、跡取りであるお前が「積極性に欠ける」と見られれば、彼らはお前なんか問題にしなくなる。それだけは避けろ。なんでもいい。有用な意見でなくてもいい。興味関心を持って、会議に臨め」

僕は大いに驚いた。父さんが僕にこんなにたくさんの言葉を投げかけたことはなかったからだ。そして、エレベーターが目的の十五階に着いたので、僕は慌てて「はい、わかりました。よろしくお願いします」とだけ言って、エレベーターを降りた。





「やあ、初めまして、馨さん。」

「お見知りおきを。経理部長の鈴本です」

「お元気そうですね、お小さい頃に、一度お会いしました」

「楽しみにしていましたよ。本日はよろしくお願いします」


「皆さん、ありがとうございます。本日はよろしくお願いします」


会社の上役の人たちは、口々にいろいろな挨拶をして、僕を歓待してくれた。僕は父さんの前、と言っても、楕円形の大きなテーブルで父さんの反対側に位置する椅子に座っている人の、右後ろに、パイプ椅子を用意して座らされた。

そして、たくさんの書類の束を、家の玄関ホールでもよく見る、父さんの秘書の金山さんから受け取った。いつも家でちょっと見かけるだけだけど、知っている人が居るのは少し安心できた。金山さんは忙しそうだった。

そして、父さんの声で会議が始められると、それぞれの工場部門、たくさんの製品部門、開発部門、経理、営業、人事…と、順番に成果や問題点の報告、改善案などがそれぞれ部長の口から語られた。最終的な判断はもちろん父さんに委ねられたが、意外なことに、父さんは誰かを厳しく咎めたり、叱ったりするような様子はなく、それぞれの部署の人の話に耳を傾けて、時に父さんが意見を述べることで、話がまとまる場面があった。


そしてそれは、報告が済んで、一番肝心なことについて改善案を出し合っていた時のことだ。「どうやら自社製品より他社製品に人気が集まっているらしいから、それをどうするか」ということについて、上役の人たちと父さんで議論が交わされていた。僕は、「そろそろ来るんじゃないか」と思い、今か今かと、父さんに指差されるのを待っていた。

「はあー。これは由々しき数字ですなあ」

「すぐにも盛り返さなければわが社のシェアを奪われますからな」

そんな物憂げな台詞ばかりが聴こえていたその時、やっぱりそれはやってきた。


「お前はどう見る?馨」


父さんの目がこちらを向くと、会社の重役たちが全員こちらを向いた。僕は怯えてすくみ上らないように、なるべく平然としていられるように頑張った。


いちかばちか。言うしかない。失敗しても、父さんの言うように「積極性はあるが、まだ育ち切っていないようだ」と思われるだけだ!いや、そんな弱腰でいいはずはないけど!

僕は思い悩みながらだったけど、おそるおそる口を開いてみた。


「まずは…PRの方法を変えて、製品にも改良を加える必要があると思います。そして、会社の負債が増えていく前に、残った体力を製品開発に回したい、と、僕なら考えます」


僕は緊張で少し汗をかくくらいだったが、その僕の言葉で上役の人たちは一気に元気づいたのか、僕を褒めてくれた。

「社長!良い息子さんですな!」

「素晴らしい意見です!」

「その若さで全体を見通せるのは、感心いたします!」


「皆さんお静かに。あまり調子に乗らせないで頂きたい。もちろん、今のようなことは皆さんの頭にも浮かんだでしょう。しかし問題は資金です。それを今話し合おうとしているのですよ」

「そうでしたな、しかしなかなか…」

「それにしても銀行側の条件があまりにも…」