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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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第十四話 ついにこの日がやってきた








美鈴さんと海に行って、胸が張り裂けそうなほどにときめいた日から何日かした朝、僕は、「夕食を今夜は同席したいから、部屋ではなく食事室で取るように」との父の伝言を、家に長く仕えている、執事の公原さんから聞いた。


僕は、実はこの執事である公原さんのことが、少し苦手だ。


彼は時たま、僕が居間でくつろいで本などを読んでいる時に、ノックはするけどすぐにつかつかと入って来て、黙って自分の仕事を探していたりする。そして最後に僕をじっと見つめ、「おくつろぎのところを、失礼致しました」と言って居間から出て行く。こう言うと「忠実な執事」に聴こえるかもしれないけど、その時の公原さんの目は、「これから若社長になるというのに、のんきなもんだ」と言っているような気がするから、僕は小さくなってしまうのだ。

それから、食事を自室に運んでくれたり、お掃除をしてくれるのは、メイドさんの山田さんと楠さんのどちらかだけど、たまにその二人の手が足りなくて公原さんが部屋に来てくれる時には、「若様、もう少しお片付けなさい。自分の部屋の整理整頓は、まず始めのお仕事です」と言ったり、「この間は全部食べ切れなかったようですが、若様にはしっかりとお食事をお取りになって、ご自分の学問に励んで頂きたいものです」と、やんわりと苦言を呈したりする。

言い方はやんわりとしていても、まず、公原さんはまったく笑わないので、僕はそこが苦手なのだ。


話に聞けば、父さんが「自分の会社の秘書に取り立ててもあれはいい仕事をするだろう」と言っていたほどに、企業のための人材としても一級品の人らしく、博識で、昔どこかで何かの実務経験も積んでいるらしい。人のつてでうちの執事になったと聞いた。

父さんは、家のことも全部自分の頭で考えて、それをただ忠実に実現させたがる人なので、執事とすら揉めることがあったのだと、公原さんに聞いたことがある。その時に公原さんは、「わたくしは、ご当主の意のままになればよいと思っていますので、そんなことはございませんが」と言い添えた。

要は、公原さんは父の代わりに、父そのものとして、家での僕の様子を見張る係も勤めているのだ。そして、なぜかは知らないけど、にやりとも笑わない。僕は、気味が悪いばかりではなく、息苦しかった。




そして公原さんは、父からの伝言を僕に伝える時、もう一つ大きな不安を与えた。

「若様。お父上にお隠し事はなりませんよ。今はお父上もご存じでは御座いませんが、必ず知れるものです」

公原さんは、そう言い残してドアを閉めたのだ。僕はさあーっと血の気が引き、おそらく美鈴さんとのことを公原さんが嗅ぎつけたのだとわかった。




そんなものだから、その日の夕食前は、不安と恐怖に取り巻かれ、そして、「絶対に喋るまい」という決意を、僕は必死で支えた。




午前も午後も落ち着けないままでだらだらと勉強をし、夜の七時になると公原さんがノックをしてドアを開けた。


「若様、お夕食の時間ですから、食事室へいらして下さい。お父上もお待ちかねです」