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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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第十三話 ごまかしきれない真夏










夏は、暑い。それは年々、「そりゃあ夏だもの」という言葉では片づけられないほどに、厳しいものになっている。


その日もテレビでは、「熱中症注意報」と言って熱中症になる危険性の高い猛暑になっている地域などを紹介し、気象予報士のお姉さんは心配そうな顔をカメラに向けていた。

「熊谷、舘林など、40℃を超えるところもありますので、充分な水分補給をし、休息などを取るようにして下さい。なお都内でも…」

そんな家を出る前の天気予報が、頭の中で繰り返されていた。

そう、都内も暑い。僕は、暑くて線路が歪みやしないかとヒヤヒヤするような酷い暑さの中、電車のホームに並び、乗り込んだ電車内のエアコンに慰められながらもすぐに降りて、また太陽に焦がされ続ける街中を越え、やっと図書館に着いた。




自動ドアをくぐって館内に一歩踏み入ると、エアコンによって涼しく保たれた室内の空気が、夏のご馳走となって僕を迎えてくれた。

ああ、本当にいい気持ちだ。天国のようだ。そう思ったけど汗は止まらなくて、体の熱さもすぐには収まりそうになかった。

図書館を入ってすぐの受付カウンター前は、貸出記録カードなどが差してある書き机の上に、木製のキューブカレンダーが並べられ、その日が八月五日であることを示していた。


「あ、馨さん、こっちこっち!」


遠くから美鈴さんが呼んでいる。少しずつ体の上辺だけが冷えていっても、その奥では熱した血液が全身に巡り、汗でインナーシャツが背中に張り付いて、耳鳴りがしていた。夏休みの課題の一区切りがついて、やっと美鈴さんと会えたのに、「体が熱い」ということ以外、何も考えられなかった。

もしかしたら、この日の僕は熱中症になっていたかもしれないと、今なら思う。


彼女は、図書館の受付前のホールにあるソファで僕を待っていた。僕はなんとかよろよろとそこまで歩いて行く。

僕は多分その時、酷い顔をしていたと思う。汗みどろだったし、暑さにすっかりげんなりした表情だっただろう。



海に、行きたい。ここまで暑いなら、いっそ海に居たい。君と。



「美鈴さん…海に、行こう」

もうろうととろけた頭で強く願ったことを、挨拶も前置きもなしに、開口一番、彼女に伝えた。


僕が美鈴さんに、提案という形ではなく、何かを宣言して誘うということは、これまでなかった。


でももう、こんなに暑いんじゃ、君と一緒に海に行けるくらいの幸運が欲しいんです!


そう強く思ったから、僕は初めて宣言した。


いや、別に水着姿が見たいとか思っているわけではなくて!彼女と一緒に大自然を体験したいだけ!余計なことを考えちゃダメだ!


僕は内心で勝手にうろたえ始めて、彼女の顔を見ていられなくなってしまったので、彼女が座っている四人掛けほどのソファにすぐ腰を下ろした。歩いている時はさほどでもないのに、止まったり座ったりすると途端に汗が噴き出るのはなんでだろう、と思いながら。

美鈴さんは混乱していたようだったけど、しばらくすると彼女は僕に身を寄せてきた。僕が振り向くと、美鈴さんは口元に手をかざしていて、こっそり囁くような小声でこう言ったのだ。


「じゃあ…私、水着持ってないから…一緒に見に行く…?」


「えっ…う、うん…」


…どうしよう。僕はそう困惑しながら、その日、美鈴さんと図書館で読書会をした。