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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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口の中に残っていたカレーの味は、水を流し込むことで、少しずつ消えてしまった。そしてまた、沈黙が訪れる。

冷たい水と、氷がいくつか入ったコップは、少しずつ水気を吸い寄せて汗をかき、時たま、それがつうっと下に流れ落ちて、美鈴さんが用意したシンプルなコルクのコースターに吸い取られた。

僕が黙って塞ぎ込んでいることに美鈴さんは気づいているのか、それとも僕が黙っているから自分もそうしているのか、彼女もしばらくの間はうつむいて口を閉じている。

「これを言ったら、君は悲しむかもしれないけど…」

僕は初めて、美鈴さんを「君」と呼んだ。だって、この部屋には僕たちしか居ないから。僕たちは、たった数時間のうちに誰も居ない世界に来たように、どんどん距離が近くなった気がする。

「何…?」

不安そうに美鈴さんは僕を見つめる。僕は、「こう切り出したからには、もう隠しちゃダメだ」と思って、重たい喉を動かした。

「僕の両親は…特に父親は、僕のことをほとんど「跡取り息子」としてしか見てない。母も、それに従うように、父のやり方に逆らおうとはしない」

僕がそう言うと、彼女はもっと不安そうに肩を縮め、僕を見つめたまま、悲しそうに目を見開いた。僕はその痛々しい彼女の顔が見られず、うつむく。

「父は多分、僕に、学校で熱心に勉強して、家の仕事に役立つ人間に成長することだけを望んでる。だから僕は…」


そこで僕は顔を上げて、美鈴さんの目を見つめた。なるべく、本当の気持ちなんだと伝えられるように。美鈴さんは怖がっていながらも、僕の言葉を一生懸命に聞こうとしてくれた。



「君とのことを、邪魔されたくない。だから…知られないようにしたいと思ってる。君は…それじゃ、嫌かな…?」



美鈴さんは僕を見つめたまま、悲しそうな顔で黙り込んでいた。やっぱり、こんなことを言うべきじゃなかったのかもしれない。でも、僕は彼女をかなしませたままでいたくない一心で、さらに話を続けた。



「もちろん、いつかは話すつもりでいる。でも、今はそれをしたら、引き離されるだけだっていうのがわかるんだ。だから、僕の言うことを好き放題に押さえ込むことを両親ができなくなるまで。僕が家の中で成長するまで。それまで…待っててくれないかな…」



不安で仕方がなかった。彼女が傷ついて、泣き出したりしてしまったらどうしようかと思った。でも、僕に返ってきた表情は、まったく予想していなかったものだった。