馨の結婚(第一部)(1~18)
第十二話二人きりの部屋
僕たちは美鈴さんの部屋で静かに過ごしていたけど、そのうち、「おなかすいたね。カレーライス、作るよ」と美鈴さんは立ち上がった。
「カレーライス?じゃあ、僕も手伝うよ!」
僕は自分の好物を美鈴さんが用意してくれるのが嬉しくて、居てもたってもいられなくなった。すると、美鈴さんはちょっと驚いた顔をする。
「えっ、馨さん…お料理したことある…?」
美鈴さんはびっくりしたあとで、ちょっと不安そうな、不思議そうな顔をして僕を見た。
僕は、自分の家での生活などを美鈴さんに話した時に、「食事を作ったりするのはメイドさんがやってくれている」と話したのを思い出した。でも、思わず唇を突き出して拗ねて見せる。
「できる…家庭科で、やったし…」
その自分の言い分がとても頼りないものだとはわかっていたけど、そう言ったら美鈴さんは、「じゃあ、少しお手伝いして。やることは多いし」と言って、笑ってくれた。
カレーライスを作るのがこんなに大変だなんて思わなかった。と、僕は驚いているし、ほとんど役に立たない自分に、不甲斐なさも感じていた。
具材の量がどのくらいだとカレーにするのにちょうどいいのかすら、僕は知らなかったし、美鈴さんの説明してくれた、玉ねぎの切り方の多さにも驚いた。
それから、じゃがいもを切る時に「面取り」ということをしておくと、荷崩れないから、より美味しいのだということも知らなかった。そのほかにも、ほとんど知らないことだらけだった。
僕はとにかく、美鈴さんが野菜の皮を剥いたらゴミ箱に捨て、美鈴さんが使った包丁や、具材を炒めた後のフライパンと木べらを洗った。他のことができないとわかると、僕はとにかく丁寧にフライパンを洗うことに集中していた。
途中で、美鈴さんがルウを溶かし入れている時に、僕が「楽しそうだな」と思って鍋の中を覗き込んでいたら、「やってみる?」と美鈴さんはおたまを渡してくれた。
「じゃがいもを崩さないように、ゆっくり、ルウが溶け切るまで混ぜてね」という美鈴さんの声に従って、慎重に鍋の中を混ぜた。
それから、「とろみが付くまで、一気に沸かしてぐつぐつ煮込むから、焦げないように混ぜてね」と言われ、美鈴さんはコンロのツマミをひねった。急に強くなったコンロの火に驚いたけど、慌ててそれを隠し、僕はまた丁寧にカレーを混ぜる。
「うん、もういいかな」
「できた?」
美鈴さんはちょっと味見をして、指でオーケーのサインを作って頷いて、満面の笑顔になった。
「やった~、カレー!」
僕は楽しみで仕方なくて、必死に抑えたけど、思わず美鈴さんのキッチンでちょっと足踏みをしていた。
美鈴さんは、あらかじめ炊いてあったごはんを盛りつける。僕はごはんの盛られたお皿を受け取って、その上にこぼさないようにカレーを掛けた。
「美味しいと思うよ!」
「よかった。ごめん、僕、あんまり役に立たなかったけど…」
僕がほかほかのカレーライスを手にしてちょっともじもじしていると、美鈴さんは「そんなことないよ、洗い物とかって、してもらえるとすごく助かるもん。ありがとう」と言って、なぜか僕の頭を撫でた。
「なんで撫でるの…」
「んー?元気になる、おまじない」
頭を撫でられるなんて、子ども扱いされてるみたいでちょっとしゃくだったけど、美鈴さんは満足そうに僕の頭を撫でたあとで、テーブルにカレーライスを運んでいったので、僕も自分のお皿を持ってついていった。
作品名:馨の結婚(第一部)(1~18) 作家名:桐生甘太郎