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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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お茶がなくなるまではしばらく僕たちは黙っていたけど、紅茶が残り二口ほどになると、僕は右側に見えるベッドが気になって仕方なくなってきた。

昨夜の夢を思い出す。そして、ベッドの上で同じ振る舞いをする僕と美鈴さんを思い浮かべてしまって、それを振り払うために、一生懸命ぱちぱちと瞬きをしてみた。


違う違う。別にそうしたいわけじゃなくて、思い出しただけ。だから、早く忘れよう。何か彼女と話すことはないかな…。


僕は、ぎこちなくなってしまう体を抑えながら、振り返って押し入れを指差す。

「あ、あの…ずいぶん小説があるよね。これ、全部読んだの?」

彼女は紅茶を口に含んだところだったので、それを慌てて飲んでから、緊張気味に喋り出す。それは、ちょっと遠慮がちに、途切れ途切れだった。

「あ、うん…小さい頃から、本を読むのは好きだったから…それで、いっぱい読んでたし、今でも、そこに…」

「おすすめは…?」

「あ、うん、「カラマーゾフの兄弟」、かな…ちょっと、長いけど…」

「そ、そっか」

「うん…」


僕たちは、すっかりかちんこちんになってしまっていた。もう、何を話したいのかもわからなくなってしまうほどに心がおぼつかず、まるで誰かに急かされているような落ち着かない気分で、そのくせ胸が苦しいほど嬉しかった。

たまにちらと目を合わせては、美鈴さんは僕から目を逸らしたけど、その目は優しく細められ、それでいて眉は切なく苦しそうに少し寄せられていて、彼女も僕と同じような気持ちを味わっているのだろうか、と思った。


とても幸せな気分なのに、その幸せの大きさに、僕は戸惑って、何も言えないでいる。


彼女がマグカップをテーブルに置く、コトンという音にまで、驚いて顔を上げるほど、僕は緊張していた。彼女はそのまま僕を見上げ、見つめている。


何を言われるのか、僕はわかっていた気がする。だから、「絶対にちゃんと頷くんだ」と思っていた。僕が恥ずかしがってしまったら、彼女が傷ついてしまう気がしたから。


「誰も、居ない、から…」


彼女はそれだけを言って、テーブルの上に置かれた僕の右手に、自分の左手を重ねた。温かく、すべすべとした指先の感触が、いつもよりずっとくすぐったくて、触れられたところがじりじり痺れるような気がした。彼女がテーブル越しに僕に近づき、目を閉じる。


心臓がどくどくと脈打ち、逃げてしまいたいような気持ちに駆られた。それでも震えながら、僕は彼女の唇に自分のそれを近づける。それから、僕の手に重ねられていた彼女の手を、自分の手のひらの中に、そっと握った。



その瞬間、世界がぐるりとひっくり返ったのかと思った。「彼女とキスをした」、そう思っただけで、僕は全部が変わってしまったような気がしたのだ。それに驚いて急に後ずさりたくなったけど、なんとか堪えた。



触れ合った彼女の唇には、口紅は塗られていなかった。温かくて、僕の唇に触れただけで押されてしまうくらい、ふにふにと柔らかい。でも、触れている感触が危ういのは、同じくらいの熱さだからかな。



僕は少し目を開けたけど、彼女は瞼を閉じていた。近すぎる長い睫毛がぼやけて見えて、きめの細かい白い肌が目の前にあることが信じられなくなりそうで、目がくらんだ。



いつまでもこうしていたいのに、すぐにでもやめないと心臓が弾け飛んでしまうような、ときめきの洪水だった。



でも、長引くと彼女に嫌われそうな気がして、僕は体を引いて、顔を離した。どのくらいの時間だったのかなんてわからないくらいだけど、多分、本当は何秒かのできごとだったんだと思う。



「…うれしい」

彼女は俯いていて、これまでで一番赤い顔をしていたけど、幸せそうに目を細めていた。

「僕も」