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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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美鈴さんの部屋は、やっぱり綺麗に掃除がされていたけど、本棚に入りきらなかった本が溢れて積み重ねられているのが、玄関からのつきあたりにすぐに見えた。

そこはワンルームで、ドアから続いた廊下の右手前はシンクがあり、小さなガスコンロを置く場所もあった。廊下の右奥は浴室で、左側には手洗いがあるようだ。

奥にある部屋と玄関はドアで仕切られてはいないから、ちょうど本棚だけが見えていたのだった。

「ごめんなさい、古いアパートだから、ちょっと汚くて…」

美鈴さんは申し訳なさそうにそう言った。

「そんなことないです、どこも綺麗にお掃除がしてあるし、何より僕は、来られて嬉しいですよ。お邪魔します」

僕がそう言うと、美鈴さんはやっぱり少し遠慮するような顔はしていたけど、ちょっと嬉しそうだった。




奥にある部屋に通され、僕は取りも直さず部屋の真ん中にある小さなテーブルのそばのクッションを勧められたので、その上に正座をして、「お茶を入れてきます」と言ってキッチンに行った美鈴さんを待っていた。

友達の家にすら行ったことがない僕が、初めて大好きになった人の部屋に、二回目のデートでもう上がることになってしまった。それは嬉しくて堪らなかったけど、その分ものすごく緊張した。

キッチンを通った時にはわからなかったけど、ベッドのある部屋は、なんだか百合の花とミルクのような香りが混ざった、とてもいい匂いがした。女の子の暮らす部屋ってこうなんだと思って、その中に身を置かせてもらっていることで、ちょっと気が引けてきてしまうような気もした。

僕はクッションの上に座るように勧められたけど、床全体にも、ベージュの絨毯が敷かれていた。盗み見るようにちらちらと辺りを見回すと、玄関から見えた本棚の中身は日本語のタイトルと英語のタイトルが混じっていて、隣には少し古い勉強机があった。勉強机に取り付けられた棚には、大学で使う教科書や、参考書らしき分厚い本が何冊もあったけど、美鈴さんが学んでいる科目の多さを思えば、それは少し少ないように見える。

勉強机の右側の壁にシングルの小さいベッドが沿わせてあり、枕元の窓には、落ち着いたグレーのカーテンが掛けられていた。

ベッドのシーツは白く、きちんと畳まれた掛布団は、可愛らしさを感じる少し明るめのブラウンで、枕カバーも布団と対になっているようだった。ベッドの上には、ちょっと古そうなエアコンがある。

僕がふと振り返ると、勉強机があった逆側には押し入れがあったけど、そこは戸が開けられていて、上の段にはまた本が溢れたカラーボックスが二段重ねられていた。でも、そこに収められた本はみんな文庫版の小説で、ゆうに百冊はあるだろうと思い、僕は「いつこんなに読むんだろう」と、またびっくりした。

僕の前にある小さなローテーブルは、白地に灰色の模様が入った四角いもので、冬はコタツになるタイプのものらしく、僕は冬になって寒い家の中でコタツに入り、温かさに安心してくつろぐ美鈴さんを思い浮かべていた。


「お待たせしました」


美鈴さんが、木目模様の小さなトレーに湯気をたたえたマグカップを持ってきて、それをテーブルに置いて僕の目の前に座る。

美鈴さんはちょっと俯いていたけど、僕は「いただきます」と言ってお茶を飲んだ。美味しい紅茶だった。

「美味しいですね」

僕は何気なく紅茶を飲んでそう言っただけだったのに、美鈴さんは悲しそうな顔をして、僕を見ないようにしているように見えた。その顔は、何か切羽詰まって思い詰めているようだ。自分の紅茶を飲もうともせず、ワンピースからはみ出した肩をきゅっと縮めて、美鈴さんはちょっとため息をつく。

「どうかしたんですか…?」

不安に思って僕がそう聞くと、美鈴さんはちょっとだけ首を振った。僕の言葉を払いのけるようなその仕草に、僕はちょっと動揺する。そうして僕が口を開きかけた時。


「あの…敬語…やめませんか?」

僕はどきりとして、すぐに右手で持っていたマグカップを置いた。


ついにやってきてしまった「次の段階」に、また僕の心臓が騒ぎ出す。


美鈴さんを見つめたまま、僕は頷きたいのにそれができず、顔を上げた彼女が、あの夜にチカチカする灯りの中で見た時と同じ顔をしているのがわかった。
彼女に気づかれないように少し長く息を吐いて、まずは、「すみません」と言った。すると彼女は、自分の言うことが受け入れられなかったと思ったのか、泣きそうな顔をする。僕は慌てて話を始めた。

「僕、女性と話したことがほとんどなかったから、いつもどう話したらいいのかわからないから敬語のままで…それで今まで、あなたを悲しませていた…今あやまったのは、そのことに対してです」

僕がそう言うと、彼女は胸元で両手を握ったまま、首を振った。

「悲しんでたわけじゃないです。でも、なんだか、馨さんと本当に距離が縮まったのか、不安で…それで…でも、私こそ馨さんの気持ちも考えず、すみませんでした…」

そうして美鈴さんはしゅんとしてうなだれる。僕は早く彼女を安心させたかった。

「いいんですよ、そんなこと。じゃあ、普通に話しましょう。…えっと、緊張するけど…」

僕が少しだけくだけた口調になると、彼女はぱっと顔を上げて、笑顔を輝かせた。

「よかった。私も少し緊張するけど…ふふふ」

彼女はちょっと困ったように笑っていて、今日もとても可愛らしい。僕は、安心して僕の前に居る彼女を見ているだけで、夢うつつのような気分だった。