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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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別れ際、僕は迷っていた。僕と彼女を乗せた電車は、空の西側を右に見て、レールの上をゆったりとカーブして走っていた。

橙色に照り輝く空を背景に、金魚の頭のコブのように、腫れぼったく真っ赤になった太陽が、列になったビルまで一緒に飲み込んでしまうかの力で沈んでいく。わけもなく悲しくなるような気がして、彼女の手を握ることもできなかった。


僕には、今日にでも話しておきたいことがあったのだ。僕の両親に関することは、彼女に話し切っていなかった。だから彼女に早く伝えて、もし彼女の気持ちが別のところにあれば、僕は必ずそれを遂げるために動くはずだった。


なかなか言い出せない。それは、食事の席で話すことではなかったし、図書館でできるわけもなく、また、電車や街中でそんなことを喋るわけにはゆかない。だから、僕は彼女と、本当の本当に二人きりになれる空間が欲しかった。それに、そんな話なんかしなくたって、彼女と誰からも隠された場所に行くのは、僕の望みなのだ。だって、そうしないとできないことがある。


『次のデートでは、二人きりになりたいんです。』


それを今日は言えればいいかな。そう思って、僕と向い合せにドアに近い手すりにつかまる彼女を見て、僕はまたため息をつく。

彼女の片頬は野性的な赤い赤い光に包まれていたのに、華奢な顔立ちの陰影がそれでたっぷりと強調され、光を受けているのと反対の黒目はひっそりと佇んでいて、その中に僕が映り込むのが見える気がした。


電車を降りる。僕たちは手をつないだ。


最後の乗り継ぎで、彼女の最寄りの地下鉄路線へ。空いている車内で僕たちは曖昧に手と手を触れ合わせて、ゆるくゆるく、やっと触れ合うくらいに、指を重ねている。


きっと、今この手を握りしめてしまったら、僕はそのままどこかへ逃げてしまおうとするだろう。そう思いながら僕は、いつまでも来ない「言葉を掛けるタイミング」を探して、そのうち飽きてしまったように、黙ったままだった。

ブルーベリー色の夕暮れが置き忘れられたようにずっと居ついている列車の中、不規則に揺れるふかふかした客席に背を預けて、少しだけ彼女の肩に寄りかかった。

彼女もすぐに僕にもたれてきて、それがちょっと遠慮がちだったから、僕はなおさら自分から彼女の肩に体重をかける。そうすると、彼女も自然と肩を任せてくれた。





僕だけが降りる駅に、あと二分ほどで着く。美鈴さんが不安そうに僕を見つめた時、僕は初めて勇気が出た。早く彼女を元気にしてあげなけりゃ。

「次は、もっと二人きり、がいいですね」

「はい…」

開いたドアの外に僕はするりと抜け出て、美鈴さんに手を振る。

「今日はありがとうございました」

僕が落ち着いてそう言うと、彼女も少し落ち着いたように見えたけど、僕と離れるのが本当に残念そうで、僕は「ずるいなあ」とぼんやり思った。

「私も、ありがとうございました」

「また、学校で」

「あ、はい…じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい、気をつけて」


僕がその「気をつけて」を言う間に、電車のドアは左右から閉じて、僕と彼女の間に壁を作った。




「情けないなあ…」


僕はそう言いながらも、にまにまと上がってしまう口角を必死になだめ、その日も遅くまで眠らなかった。