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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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やがてお姉さんが厨房からカウンターに出された二枚の大皿を運んできて、「はい、こちらがイワシとトマトのピザ、こちらが辛口サラミのピザです。辛味を足したい時は、そこにあるオイルをちょっと垂らしてくださいね」と言って、焼き上がったばかりのほかほかのピザを運んできた。「ありがとうございます」と二人でお姉さんに返事をして、僕はテーブルに乗った大きなピザから、香ばしく焼けた小麦の香りや、イワシの脂の美味しそうな香りなどを胸いっぱい吸い込んだ。

「美味しそうですね」

「はい!食べましょう!いただきまーす」

僕はまずイワシとトマトのピザを切り分けて手に取り、歯を立てて噛み千切ろうとした。チーズがとろけていて伸びるのが、やっぱり嬉しいな。できたてのピザを食べてるという気になる。でも、それより何より、驚いたことがある。美味しさだ。

びっくりした。僕も有名なピッツェリアで食事をしたことなどもあったけど、その時に感じた絶妙な具の量と生地の厚さ、それから焼き具合にも、このお店のピザは絶対に負けないと思えるくらい、美味しかった。一口目を飲み下してから、思わずもう一口、それからもう一口と、僕は何も言わずにピザを食べて、あっという間に一切れが終わってしまった。

「…美味しいでしょ?」

気がつくと、美鈴さんが僕の顔を覗き込んでいる。

「はい。びっくりしました。こんなに美味しいピザは久しぶりです」

「ふふ、よかったです。私もそっち食べていいですか?」

「あ、どうぞどうぞ。僕もそっちのサラミの方を…」

「あ、じゃあ切り分けますね」

「ありがとうございます」



そうして僕たちは二枚のピザをあっという間に美味しい美味しいと食べ終えてしまって、満足して一息ついた。


「はあ~。さすがにピザ一枚食べたらデザートはいいかな」

そう言いながらも、美鈴さんの目はカウンターの上に掲げられた黒板に向いている。そこには、「お決まりのデザート イタリアンプリン」と書いてあった。彼女はちょっと悩んでいたようだったけど、一度自分のおなかをちらっと見るようにしてから、テーブルに腕をもたせて僕を見た。

「また、来ましょうね」

「はい」




それから僕たちは図書館に向かう予定だったので、ちょっとしたら「Rosso e bianco」を出ることにした。すると、会計の時にシェフらしき人が奥から出て来て、僕たちに「ご来店ありがとうございます。よかったね美鈴ちゃん。聞いたよ、受かって勉強してるって」と声を掛けてくれたのだ。

「はい。だいぶ学校にも慣れて時間ができたし、来られました。今日も美味しかったです!」

シェフらしき男性は小さめのシェフ帽をかぶり、ピザの釜の近くに居たからか鼻の頭に汗をかいて、きびきびと体を動かす細身で背の高い人だった。きりりとした濃い眉と、鋭い光を持った小さな黒目、笑い皺の刻まれた顔をしたシェフの笑顔はとても頼もしく見えた。学校での様子などを話す美鈴さんに、体ごと元気よく頷くその姿は、僕も楽しくなってくるくらいだった。

それで、財布からお金を出す時に僕は、「とても美味しかったです。本当にびっくりしました」と、思わず口からついて出た。

「本当ですか、それはよかった。また是非!」

シェフはやっぱり元気よくそう返してくれて、機敏にお辞儀をした。

美鈴さんが僕のあとに会計を済ませている間、僕は店のドアを開けるためにレジを離れたけど、美鈴さんが財布をポシェットにしまおうとしている姿を振り向いた時、なんだかシェフが美鈴さんに何かを耳打ちしたあとのように、彼女の耳元から顔を離すのが見えた。

「ごちそうさまでした。それじゃあまた来ます!」

「ごちそうさまでした」

「はい、ありがとうございました!」



僕たちは外に出て、また駅まで歩いていたけど、僕はさっきのシェフの様子が気になっていたので、美鈴さんに聞いてみることにした。

「あの…さっきシェフに、何か言われてませんでしたか?」

どうしてそんなことが気になるのかというと、「もし僕についての話だったとしたら、ちょっと不安だな」という気持ちがあるからだ。

美鈴さんは急に、隣を歩く僕に顔が見えないようにうつむいた。僕はますます不安になる。

「…あ、あの…“彼氏、すっごい良い人そうで安心した”って…」

ようやく口を開いた美鈴さんの口からは思いもよらない言葉が飛んで出たので、僕は急に恥ずかしくなって、歩きながら縮こまる。

「あ、そ、そうだったんですか…」

「シェフの、宮本さんていうんですけど、私のことをいつも気にかけてくれてて、私の両親と友達で、お父さんが早くに亡くなったからっていうのもあるんだろうけど…私も嬉しいです、馨さんとのこと、喜んでもらえたから…」

美鈴さんも恥ずかしそうにしながら顔を上げて僕を見る、そして彼女の左手が僕の右手を包んで引いた。




僕たちは、図書館のある駅まで二度電車を乗り継ぐ前に、駅までの人通りが少ない通りで手をつなぎ、寄り添って歩いた。