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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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僕たちは「講義が全部終わったら図書館に集まろう」とだけ決めて、朝の一コマ目に向かった。


僕はその日の講義は、特に集中して受けられたように思う。講義の最中に、僕は何度も「彼女も今頑張っているんだ」と思って、改めて彼女の頭脳を追いかけることもしたけど、それだけじゃなかった。



昨日までの僕にとって、「努力を続けること」を支える理由になっていたのは、「自分を高めたいから」というだけで、それは孤独な闘いだった。美鈴さんと勉強会をしていても、やっぱりそこで培った力は、僕一人のために使われていた。


でも、昨晩醸造した自分の愛情が、今朝になって彼女から感じたときめきに後押しされ、「彼女が居てくれるんだ」という大きな希望の輪郭で僕の心を包んだ。そしてそれは、前に自分で自分を支えていたものより、桁外れの力を生み出させたのだ。


まるで受験期のように必死でかじりついた一限目の数学はいつもより理解が進んで、教授の話の大筋くらいなら理解することができたし、得意とする西洋史と英語講読も、いつもより深くまで読み込んで手にできた気がした。


頭の裏っかわでは、美鈴さんと放課後に図書館で過ごすことに向かっていたかもしれないけど、僕はその日の講義で吸収できるものに全力を費やして、それでも溢れて来るエネルギーに、自分でも驚いたまま、五講目までを終えた。





その日は、彼女は六講目まで授業を受けることになっていたので、僕は学生ホールにある自販機でペットボトルのお茶を二本買ってから、図書館へ向かった。

図書館の窓辺は陽が差すと少し暑くなる季節で、ペットボトルは汗をかいているように、周囲の水分を結露させている。僕は片腕と一緒に頭を机にもたせかけて、首をねじってお茶のペットボトルを眺めていた。


「少し意外だったな」、と考えながら。


何が意外かというと、「僕が勉強を忘れなかったこと」だ。実を言うと、僕はそれが少し怖かったのだ。


昨日夜っぴて彼女のことだけを考えて勉強もせず、食事も摂らずに、水も飲まなかったことを考えると、今朝の気分では「こんなことで授業に集中できるだろうか?」と不安だった。僕はそれを心の裏側に隠して、自分でも見ないようにしていた。考えてしまったら、本当にそうなる気がして。

もし僕がそんなふうになるまで彼女への愛だけになってしまえば、美鈴さんは悲しむだろうし、僕から離れていくことを考えるに違いないと思った。それもあって、僕はその不安から目を逸らした。

でも、今朝彼女が「もう行きましょう。馨さんも授業頑張ってね」と僕を送り出してくれた時、そんなものはいっぺんで消し飛んでしまって、僕は今まで以上に頑張れることを実感していた。



僕の勉強や生活に対する努力は、僕だけのためではなくなった。それは自分が彼女に見合う人間でありたい、彼女の期待に応えたいという理由もあったけど、そもそもの「僕が生きる理由」、それ自体がすでに彼女に手渡されていて、僕はそれを彼女に預かってもらっているから、その分を返すために張り切って生きている、そんな気分だった。



「君がいるから頑張れる」って、こういうことか。僕は伝え聞いただけの恋模様が自分にも当てはまっていて、「みんなそんな気持ちで恋をするのかな」と、恋する誰かの気持ちが少しわかった。



それから、昨晩は熱して追い詰められていくばかりだった僕の気持ちは、明るい光の下で彼女とまた出会うことで新しい地平を得て、自分が袋小路に持ち込んでいじくっていたものよりもそれは遥かに大きく、温かで、安心した。


温かい水が、僕の胸を満たしている。


そんな気持ちで、ペットボトルに付いた水の粒が次第に周りの粒を巻き込んで流れ落ちていくのを、ぼーっと見ていた。



「お疲れ様です」

そんな声が降ってきて、僕はまた慌てて起き上がって振り返る。美鈴さんが僕の椅子の隣に立っていた。

「み、美鈴さん!お疲れ様です!」

僕は今朝みたいにうろたえてしまって、思わず大声で返事をした。それを見て彼女はくすくす笑ってから、「図書館の中では、静かにしないとダメですよ」と、僕を優しく諭す。

彼女は僕を甘やかすように微笑んで、僕の隣に座ってテキストやペンケースを取り出し、早速勉強の支度を整えた。

「す、すみません…あ、それと美鈴さん、これ、お茶が二本あるので、一本、どうぞ…」

僕は何気なく彼女の前にお茶のペットボトルを差し出す。すると彼女は、急に顔を真っ赤にしてそろそろと両手を持ち上げ、なかなか受け取らなかった。図書館の床に、ペットボトルから雫が落ちる。

「…あ、ありがとうございます…」

やっと彼女は蚊の鳴くような声でお礼を言って、お茶を受け取ってくれた。

「初めて、馨さんからもらいものしちゃった」

そう言って嬉しそうに彼女は微笑んで、すぐさまペットボトルの口を開け、一口、二口と飲み始める。それから、もじもじしながら次に言うことを考えているようだった。

「…えっと…じゃあ、勉強会ですね。今日の数学はどうでしたか?」

そう言っていながらも、彼女の目は僕が手渡したお茶からなかなか離れない。

それで僕は、「緊張しちゃったり、どうしたらいいかわからなくなるのは、僕だけじゃないんだな」と思う。

美鈴さんは真っ赤な頬が自然と上がってしまうのか、にこにことしてしまうのを堪えようとしていた。僕は、そんな可愛らしい美鈴さんを、テーブルに肘をついてちょっと眺めていた。

「やっぱり、可愛いです。美鈴さんは」

そう言うと、僕は自分の言ったことに顔が熱くなるのを感じたけど、びくっとして顔を上げた美鈴さんが、何かを言いたそうにしているのに、何も言えなくなってうつむいてしまうまで、そのまま見つめていた。


どうやら彼女は、普段は平然としていられるけど、いざ僕から何かを言われたりすると、あっという間に緊張しちゃうみたいだ。そんなところも可愛いけど、あんまりそう言い続けていると、なんだか美鈴さんに怒られそうな気がした。


「ありがとうございます…」


しばらくして聴こえてきた小さな声は、喜びを抑え込もうとしているように微かに震えていて、彼女の涼やかな可愛らしい声でそんな頼りない囁きをされたから、僕は次の一言に移るのがちょっと惜しいなと思った。


「…今日の数学は、いつもより頑張っちゃいました。でも、わからないところが二つだけあって…」

「そ、そうですか…どこですか?」



話が勉強のことに切り替わると、僕たちは元々友人同士だった頃からの目的を思い出したように頭を切り替え、質問と回答を繰り返しながら議論をして、美鈴さんの勉強も始めて、互いの力になろうと必死で努力した。