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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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地下鉄での移動中、僕は一度だけ園山さんに話しかけた。

「この間返ってきたレポートが、Bでした」

そう言うと、急に喫茶店に向かうことになって戸惑っていた園山さんは、また大いに慌てて、「どうしたんですか?お勉強の時間も取れなかったんですか…?」と、本当に心配そうにおろおろとしていたが、僕は「理由は、着いたら話します」とだけ短く返事をした。

園山さんは僕が脱力して伏し目がちになっていた様子から、ただならぬ悩みを察してくれたのか、「そうですか…」と言っただけで、そこから、「喫茶レガシィ」に着くまでは、僕たちは無言だった。





「珍しいね美鈴ちゃん。いつもは月一くらいじゃない」

「喫茶レガシィ」のマスターは、その日もクラシカルな店の奥からひょっこり現れて、園山さんに声を掛けた。その時は園山さんも、「お友だちが来たいと言うので」と言って、黙ったままの僕を気遣って、少し控えめな動作で僕を振り返る。僕がその「お友だち」という言葉に少なからず傷ついたのは、言うまでもない。

その日も僕たちはブレンドを頼んで、マスターがミルで豆を挽く音を遠くに聴いていた。

店内には、カウンター近くの四人掛けの席に一人だけお客が居たけど、僕たちはまた人目を避けるこのできる壁に囲まれた席を選んで、コーヒーを待っていた。「もしかしたらこの席は園山さんの気に入っている席なのかもしれないな」と、ぼんやり思った。でも、僕の気持ちはすぐに自分の恋心へと向かっていく。


「今にもこの恋心は涙と共にこの胸を食い破りそうだ」。


僕がそう感じていた時、ちょうどマスターはコーヒーカップを銀色の丸いトレイに乗せて運んできて、「お連れさんはお砂糖とクリームは?」と僕に聞いた。

「あ、じゃあ、お砂糖を下さい」

「はい、じゃあこれ、珈琲糖と、こっちが白砂糖ね。ごゆっくり」

僕はマスターとのそんな会話をほとんど無意識でしていて、「美鈴ちゃんはブラックだったね」、「はい」、とマスターと園山さんが言葉を交わしているのを、じれったい気持ちで待っていた。



でも、いざ喋ることができるようになっても、僕はなかなか言い出せなかった。そりゃそうだ。だって、これからもしかしたら大変革が起きてしまうかもしれないんだから。

僕は泣くことになるかもしれないし、園山さんに嫌われることだってあり得る。そこで僕はもう一度、想いを打ち明けようと決めたことを後悔しながら、必死できっかけを探していた。

ちらちらと園山さんの表情を窺っては、彼女がカップを口元に運び、美しい動作でコーヒーを口に含むのを見て、僕はまた改めて彼女を好きになる。そして彼女はカップを置き、小さなため息を吐いた。


「何か、あったんですよね。大変なことが…」


園山さんは僕の顔をあえて見ずに、僕が言い出せないでいることを引き出そうと、優しく聞いてくれる。彼女の表情には重苦しさはなかったけど、僕が苦しい気持ちを抱えていることを憐れむように眉を寄せ、口を引き結んでいた。



「言ったら、どうなってしまうんだろう。でも、もう僕には無理だから。身勝手でごめんなさい、園山さん。」

僕はそう念じてから、ほんの少し深く息を吸って、一瞬止めた。



「僕は…貴女のことを、大切に思っています」



これだけで伝わるものではないのはわかっている。僕はその先のことも言わなければいけない。園山さんは、僕が言い出したことの真意がわからないまでも、いろいろと想像を巡らせているようで、緊張した面持ちだった。



「貴女のことを、人間として尊敬する以上に、僕は、貴女を一人の女性として素晴らしい方だと思って…お慕いしています」



僕の声は震えもせず、生気もなく、それでも真剣だったように思う。僕はその時、どんな顔をしていただろう。本当だったら、泣きながら園山さんに縋って、どうしても叶えてもらいたかった。でも、ほんの少し自分を傷つけただけだった。

顔を上げるのが怖くて怖くて、じっとテーブルの横の床の青色の絨毯に目を落としていた僕。ああ、意気地なし。


でも、次の瞬間、僕は大きく驚くことになる。



「本当ですか…?」