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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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第七話 運を天に







あの嫌がらせの事件のあと、学内で園山さんに会うと、彼女は僕に対して恩があるとでもいうように、前よりも親しみを込めて丁寧に接してくれるようになった。そのことは、彼女への気持ちを隠している僕を、大いに苦しめた。


園山さんが僕に尊敬に満ちた目を向けるたびに、別の僕が囁きかける。

「お前は彼女によく思われたかっただけだろう」、と。

「そんなはずはない、ただの友人であったとしても、僕は園山さんがあんな目に遭っているのは堪えられなかっただろう」と僕が反論すると、別の僕の方は、「とにかく、これでお前は彼女をモノにするのに、一歩近づけたわけだ」と、とぼけて返す。

僕はそれに対して、「そんなつもりじゃない!」とまた抗っても、「結果としてそうなれたのかも」という気持ちを捨てられないことで、思い悩んで行き詰っていた。


そんな日々を送っていれば、もちろん勉強に身が入らないこともある。その結果として、僕は初めて、レポートでA以外の評価を取った。一つ下の、Bだ。このことは、僕に大きな打撃を与えた。



もちろんその頃は学校での成績を逐一親に見られることもなかったから、19歳にして学校の成績で親に叱られるなんてことはないけど、僕は自分の実力が出せなかったことがショックだった。



B判定のレポートが返ってきたあと、二、三日して、園山さんからSNSのチャットにメッセージが送られてきた。僕は、逃れたい任務に相対しているように、痛む胸を押さえてそれを読んでいた。


「お久しぶりです。上田さんは最近、学校で会ってもあまり元気がないように見えます。それで少し心配なのですが、おうちのことが大変なのですか?」


園山さんのメッセージには、最後にだけ、心配そうな顔の絵文字がつけられていた。僕は、自分がずいぶん前に適当に作り出した「家のことで忙しくて」という嘘の言い訳を思い出し、嘆息する。

「大丈夫ですよ」の一言だけでは、察しが良い園山さんの気は収められそうにないし、「そうです」と言えば、嘘を重ねることになる。僕には、どちらも堪えられなかった。


僕は、自分が追い詰められ切って逃げ道だけを探していて、ただ園山さんに対する気持ちを伝えることでしか、それが得られないのを知っていた。



「限界、かな…」



泡のような僕のささやかなつぶやきは、僕がその時横になっていたベッドの仰々しい天蓋まで昇り、そしてまた僕の額に落ちてきたような気がした。








僕はある日の放課後、久しぶりに図書館の窓辺で、園山さんを待っていた。あの晩の園山さんからのメッセージに、僕は、「もう大丈夫ですよ。久しぶりに図書館での勉強会がしたいです」と、元気そうに見える顔の絵文字つきで返したのだ。


僕の心はもう、「園山さんに嘘を吐いていたことを謝り、気持ちを告げて、その結果がどうなろうとも、この重荷を下ろしたい」、というつらさでいっぱいだった。それでたとえば、「嫌がらせから助けてくれたのは下心があったからなのか」と園山さんに疑われても、「それだけは絶対に違います」と、強引に押し通せばいいんだといったような、投げやりな状態に近かった。


片想いというのは、初めての経験で、それこそ誰かを強く欲するということだって、僕にとっては初めてのことだった。遠い昔、幼いながらも淡い好意を抱いたことはあるけど、まだ「恋」なんて言葉すら知らなかったくらいの小さな時だったし、相手の子は遠巻きに僕を見て避けるだけだったという苦い思い出だ。しかも僕は高校を卒業するまで勉強ばかりでろくに女の子と喋ったこともなく、園山さんを想っているのは、ほとんど初恋のようなものだったのだ。


その僕に、「ずっと気持ちを隠しておけ」なんて、神様はずいぶん厳しいことを要求するもんだと思った夜もあった。



僕は、「もう少しでこの苦しさから解放される」という気持ちと、「園山さんは受け入れてはくれないだろう」という後ろ向きの気持ちの両方が入り混じった、どこか虚しい気分だった。

僕は図書館の窓辺で、中庭のポプラの木を眺めている。風の音は聴こえず、ただ揺れる葉を見ていると、知らず知らずに自分の内心へと深く落ち込んでいた。

そこへ、コツコツと耳馴染みのある、控えめなヒールの音が聴こえてきた。それがもっと近づいて来るまではそちらを見まいと思っていたのに、僕は思わず園山さんを探して、振り向いてしまった。

園山さんは、嬉しそうににこにこしながら僕が座っている隣の椅子を引き、「お久しぶりですね。良かった、またここに来られて」、と、安心したように息を吐く。その吐息の行方を僕は追ってしまいそうになった。慌てて僕はうつむき、自分の用件を反芻する。


僕がここでしたかったのは、勉強会ではなかった。メッセージで伝えるには勇気が出なかったことを、話したかっただけなのだ。


「上田さん?」

園山さんは、返事をしないで身を固くしたままの僕を、心配そうに覗き込む。僕は視線を返すことができずに、下を向いてしばらく黙っていた。

だんだんと不安そうに園山さんがぎこちなく体を揺らす気配を感じながら、「言うんだ、言うんだ!」と自分を勇気づけて、僕はとうとう口を開く。


「…この間の喫茶店に…また連れて行ってくれませんか…」


ほとんど息もできないまま、苦しい呼吸をなんとか言葉にして吐き出した。僕は、たとえどうなろうとも、園山さんとの距離が一番近かった場所で、彼女に想いを告げたかった。

「えっ…いいですけど…あの、勉強会のあと、ですか?」

園山さんはもちろん僕の急な申し出に戸惑っていたし「せっかく持ってきたのに」と言いたげに、一度自分の鞄の中身を振り返っていた。僕はもう彼女の様子を気遣って想いを押し込めることはできず、「これから、すぐに、がいいです」と言って、初めて彼女を見つめた。


彼女は、「じゃあ、早く行きましょう」と言って、僕を図書館から連れ出し、今度は「準備」はせずにすぐに校門を目指してくれた。