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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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レコードから流れる音楽は次の曲に変わって、カウンターの奥から食器を洗う水音が聴こえてきた。すると、園山さんは顔を上げて僕を見つめ、「ごめんなさい」と頭を下げた。

多分、僕に迷惑を掛けたと思っているのだろう、彼女は受けた傷をしまいこんで、まずは僕を気遣った。僕は悲しくて、申し訳なかった。

あなたがそんな顔をして、そんなことを言う必要なんか、どこにもないのに。

園山さんは話を始めた。

「私…生まれる前にお父さんが死んじゃって…それで、母と二人きりで、家が貧乏だったんです…。高校まで、そのことで嫌がらせをしてきてた子達がいて…さっきの子は、そのうちの一人でした…」

僕はまた、怒りと悲しみ、強い悔しさが込み上げる。それから、彼女を守れなかった自分を責めた。

「高校を卒業したらもう会わないと思ってたのに…まさか同じ大学だなんて…」

彼女はそう言って脇に目を逸らし、辛そうに顔をしかめた。僕はもう黙っていられなかった。早く彼女を安心させてあげなければ。

なるべく丁寧に息を吸い、僕も彼女に頭を下げる。そうすると彼女は慌てて顔を上げたようだった。

「ごめんなさい、辛いことを喋らせて。それに…また同じ目に遭うのを止められなかった…友達として、申し訳ないです…」

僕は顔を上げ、少しテーブルの真ん中の方へと身を乗り出す。彼女は僕を見つめて驚き、必死に涙を堪えている。

「でも安心して下さい。もう絶対にあんなこと、ありませんから」

僕の話が終わると、彼女は緊張の糸が弾けてしまったように泣いて、僕に何度もお礼を言ってくれた。そして、もう一度僕に謝る。

「私…上田さんの家のことを聞いて…怖くて自分の家の話ができなかったんです…ごめんなさい…」

園山さんは一生懸命に手のひらで零れ落ちる涙を拭っている。僕は胸が痛み、また喋らずにはいられなくなった。

「…僕は…園山さんのお母さんを尊敬します」

僕の胸の内から、自分でも知らなかった自分が顔を出す。ただひたすらに一途で、懸命である自分は、恐れずに園山さんを見つめる。

「え…?」

園山さんは突然の僕の言葉に驚いて、泣くのをやめてくれた。僕の中の僕は、守る道具も攻める武器も捨て、気持ち一つで園山さんに向かい合っていた。

「苦労して園山さんを支えて、園山さんをここまで立派な方にお育てしたんですから」

園山さんは両手で口元を覆って、また涙を流す。

「僕に対して…自分を恥じないで下さい。お母さんのことも、家のことも」

僕は自分の言葉を自分の耳でも聴きながら、「まるで別人のようだ」と思った。清浄で、潔白。そう思った時、僕の胸の中で微かに痛みが生まれ、それを伏せて彼女に笑ってみせた。

彼女は何度も頷き、涙ながらにまた僕にお礼を言う。

あんまり彼女が泣くので、僕がコーヒーを一口飲んで「美味しいですね」と言うと、涙を拭って、彼女は「お代わりしますか?」と笑ってくれた。


その時僕は、胸の中にしまいこんだ灰色のわだかまりが、自分の背中を撫で始めるのを感じていた。