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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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僕達は学校を出て、地下鉄に乗った。僕は、落ち込んでか細くなってしまった園山さんの声に案内され、園山さんの丸まった背中、項垂れる頭を見ながら、自分を責めた。




「ここ、です…」

それは、下町の細い裏道で、小さなビルに挟まれた、寂れた喫茶店だった。その喫茶店もビルの一階にあり、入口が少し奥まった造りになっている。木枠にはめ込まれたガラスは曇りガラスなので、中はよく見えない。入口の前に、「喫茶・軽食 レガシィ」と書かれた置き看板があったけど、深緑だったのだろう文字は色褪せ、下地の白もくすんでいた。

「なんか…雰囲気ありますね…」

僕がそう言うと、園山さんは少しだけ得意げに微笑んで、「入りづらいでしょ?」と言い、入口のドアを押した。


喫茶店の中は、案外と広かった。そして、僕は驚く。

床には綺麗な青い絨毯が敷かれ、椅子はみんな揃いの赤いビロード張りで、テーブルも、年季は入っているが丁寧に磨かれ、木目が美しいものだった。

少し目を上げると奥にカウンターが見えて、その横には漫画が大量に詰まった大きな本棚と、レコードプレイヤーらしきものがあった。それに気づいて天井を探すと、三つほどのスピーカーがこちらを向いている。スピーカーからは、ベートーヴェンと思われるクラシック音楽が流れていた。

お客は誰もいないけど、それが不思議に思えるくらいに、居心地が良いお店だと思った。

「すごいですね…」

思わず僕がため息を吐いた時、入口のドアベルが鳴ったことに気づいて出てきたらしいご店主が、カウンターの出口から顔を出した。

ご店主は黒のチョッキを着込んで黒いスラックスを履き、ワイシャツの袖をアームバンドで上げていた。足元を見ると、古いながらもこれまたぴかぴかに磨き上げられた、シンプルな革靴を履いている。

髪はもういくらか白髪が多めに混じっていたけど、整髪料で綺麗に整えられていて、なんとも言えない魅力を醸し出していた。

そして、笑い皺の入った顔で、にっこりと愛想良くご店主は微笑む。


「あら、美鈴ちゃん」

園山さんは「どうも、マスター」と返したけど、にこにこと何かを言いかけたマスターを避けるように、入口とカウンターの真ん中あたりにある、窓のついた壁で覆われている席へと入っていった。僕もそれにならい、園山さんを奥に座らせる。

「いらっしゃいませ」

マスターは園山さんの来店を喜ぶように、にこにことはしていたけど、こちらに事情があることを悟ってくれたのか、僕達にそれ以上は何も言わなかった。

僕達は、ブレンドコーヒーを一杯ずつ頼んだ。マスターはカウンターの奥へと戻っていったようだけど、壁に覆われてカウンターの方は見通せないので、マスターの靴音だけが聴こえてくる。


「それにしても…“純喫茶”って感じですね」

「ここ、お気に入りなんです。マスターも良い人で、コーヒーも美味しいんですよ」

「じゃあ、楽しみですね」

僕達はそれだけ喋って、しばらく二人とも黙っていた。僕は園山さんの言葉を待っている。


やがてマスターは目の覚めるような綺麗な青色のコーヒーカップを運んできて、「ごゆっくり」とだけ言って注文書を残し、引き返していった。


黙ってコーヒーを一口ずつ飲んでいた時、「美味しいな」と思ったけど、僕は園山さんが口を開くまで黙っているつもりだった。