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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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僕はそれから、少しずつ彼女を避けた。彼女のそばにいるのが、つらいのだ。

僕の頭にはいつでも、「彼女に今こそ想いを伝えて、なんとかして叶えてもらいたい」ということしかなくて、その気持ちが飛び出しそうな口を、いつも全力で閉じ続けていた。

彼女の前にいたり、彼女のことを思い出してさえいれば、その気持ちは一分一秒の休みもなく僕を責め続けた。

つまり僕は、ほとんど休むことなく、大好きな彼女に嘘をつき続けていたのだ。

そして、僕自身にも。


自分の気持ちを無視して、その逆襲のように、恋心から涙によって責め立てられるのはつらい。

彼女の前で嘘をつくのも、嘘をついた自分を嘲笑うのも、つらい。


それなのに、僕は彼女と離れることには堪えられない。


僕は、幾度となく眠られない暗い部屋でスマートフォンを手にして、SNSの画面を開いては、何もせずにまた閉じた。


涙が増える分、心は干からびていき、僕は前より食が細くなった。それなのに僕の気持ちは消えるどころか、どんどん激しさを増していく。






ある夜僕は、くたびれた体をベッドに横たえて、スマートフォンをぼーっと眺めていた。六月の三週目の金曜日のことだった。


僕はその日も「哲学への道」の講義に出席して、顔を合わせた彼女と少しだけ話をした。

そして、二言三言の後で、「次の講義があるので」と言って、彼女から逃げた。


それを思い出し、僕は今、また自分を責めて、そして苦しい心をねじ伏せ続けている。

いつも気持ちを和ませてくれていたはずの、ベッドに掛けられたシーツの心地よさが、ベッド脇の照明の暖かい色が、疎ましかった。僕の心は、もう当たり前の幸せでは癒せない。



「もうこれ以上は無理だ。」


「そう思いながらも、僕はまだ続けようとしている。」


「もう彼女を目の前にしていられないのに。」


「だってせめて彼女のそばにいたいから。」



その四つの文句の上をぐるりぐるりと回りながら、やがて目を回して倒れてしまったかのように、僕はベッドの上で、死んだように動かなかった。

時刻は、午前二時四十三分だった。スマートフォンの画面右上にある小さなデジタル時計は、壊れているんじゃないかと思うほどに、進みが遅かった。


僕の目には、彼女とのメッセージ画面が映っている。

そこには、彼女がちょっと恥ずかしそうに微笑む顔写真があって、僕はそれを見ながら、少しだけ泣いた。


どうして友達になってくださいなんて言っちゃったんだろう。友達のままで好きになることが、こんなにつらいんだなんて思わなかった。

だって「好き」って言っちゃったら、もしかしたら彼女はその時から僕を見てくれなくなって、僕達はまったく離れ離れになるかもしれないんだ。



僕は涙を拭い、痛む心を抑えながら、彼女のアカウントにメッセージを送った。


『すみません、実は最近、家のことで忙しいんです。しばらく図書館での勉強会はお休みしてもいいですか?』。


画面に写った、味もそっけもない文字。

それは無機質な嘘のはずなのに、カラカラに渇いてしまったはずの心から、今までで一番強い痛みが噴き出し、涸れたはずの涙がいっぺんに流れて枕へと吸い込まれていった。

もう何も考えたくないと震える指で送信ボタンをタップして、すぐにスマートフォンを充電器に繋ぐと、布団に包まって身を縮める。

気が抜けたからか、少しだけ眠くなったけど、結局僕の頭は夜明けまで休まずに堂々巡りをし、何度も泣いた。


本当は、今すぐに彼女を呼び出してでも、想いを伝えたかった。