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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第一部)(1~18)

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第五話 言えない気持ち









季節は梅雨。もう六月が始まっていた。雨ばかりの日が続き、朝に家を出るのが知らず知らずの内に億劫になっていく。

そして僕の心は、雨よりも煩わしく、雨雲と同じ鼠色をした、濃く、厚く、重苦しいわだかまりに支配されていた。


二人だけで街に出たあの日から、僕はやり切れない気持ちを抱えて過ごしていた。

園山さんはいつも僕を褒めてくれるし、応援してくれる。でも僕の気持ちに応えることはしてくれないだろう。

僕は、「彼女との友情に感謝しなければ」と思って、自分のつらさばかり気にする自分を責めた。

そして一生懸命に、自分の気持ちを「無いもの」として扱った。




ある日いつものように彼女に図書館で会った時。

その頃には、僕は自分の気持ちを抑え切るのが難しくなってきていて、彼女に会うことが少し怖かった。

またあの笑顔に会っても、僕は平気でいられるだろうか?そう思って、彼女が僕を見る顔を思い出しながら、図書館に入った。

入口から並んでいる本棚の間にある通路を横目に進む。六本目の通路に滑り込み、本棚が途切れている先を見ると、窓際にあるテーブルがちらっと見えた。そこは、いつも僕達が座っている席だった。

彼女は、やっぱりいた。教科書を開いて、覆いかぶさるように背を曲げて熱心に読みふけっていて、彼女の髪の毛を薄曇りの日光が淡く光らせ、ひたむきな瞳の潤いはそれより強く輝いていた。

彼女は僕の足音に気づき、顔を上げてすぐに手を振って笑う。


その顔は、僕が思い出していたより綺麗で、僕が望むより優しかった。


だから僕はその時、「僕はあなたが好きです!」と思わず叫びそうになり、体が熱くなった。

思うよりも美しい彼女が、「僕を待ってくれていた」と思って、気持ちが止められなくなってしまったのだ。


なんとかすんでのところで堪えたけど、自分がその時にしようとしていたことを一瞬間の後に振り返ると、首筋と背中に冷や汗が噴き出す。

顔に出さないようにと彼女に近づきながら笑ったはずが、彼女は僕を見て、「どうかしましたか?そんなに悲しそうな顔をして…」と言った。


園山さんは、僕の様子が前とは違うことに、ついに気がついてしまったのだ。


しまった!なんとかしなくちゃ!


焦りと恐怖が僕を強く襲う。

そして心の内に、「もう言わせてくれ!」という金切り声が響いた。もう一人の自分が、苦しそうに沼の底から上がってきて、必死に両手を掻いて溺れている。

僕はその頭を無理やり水の底に沈めて、それまでの人生で考えたこともなかった嘘を考えた。


「え?そうですか?なんともないですよ」


それは、友達に対して気持ちを偽るという、どうしようもない嘘だった。


「そうですか?」

「はい」

僕はまた笑ってみせる。体中が痛い。

「そうですか…」

彼女は諦めてくれたが、少し僕を心配そうに見ていた。


僕は、彼女の気持ちをわかっていて言葉を撤回をしない自分を、「熱心な嘘つき」と罵った。