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ヤマト航海日誌2

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なんて書いたがこれについては実は嘘で、〈信濃〉は本来戦艦として造ったものを空母に改造するのは無茶だと言いつつ仕方なくやった結果がえらく取り回しの悪い船となり、転覆しやすい構造にもなったとかで、魚雷を一発喰らっただけで猫が地面にゴロリンと転がるみたいにして倒れ、そのままズブブと沈んでしまった。これには魚雷を射った潜水艦の艦長の方が驚いて、

「なんで? なんであんなにでっかい船が、魚雷一発だけで沈むの?」

と言ったとか言わないとか。

そんな話も知りつつああ書いている。嘘を承知で演出として書いてることは他にもたくさんあって、ハーメルンでコメントくれた中にはおれなんかよりずっと詳しい人が何人もいたから、「ここは突っ込まれるかな」「ここは突っ込まれるかな」とほとんど毎日のように思いながらやっていた。もちろんおれがまるっきり思いもよらないところを突かれることの方が多かったんだが。

それでも「ツッコミ歓迎」と言えていたのはおれは〈信濃〉と違ってちょっとのことではグラつかぬ自信があったからだが、山崎貴や『アルキメデス』の原作者はどうなんだろね。映画は主役の〈百年にひとりの数学の天才〉とかいうやつが大艦巨砲主義のおっさんと、


   *


「失礼ですが、その50サンチの大砲、命中する確率はどのくらいのものなんですか」

「そうだな。敵が止まってれば、十(とお)にひとつってところかな?」

「10パーセント? しかし戦場では敵も動いてますよね。波もある。そうなると実際の確率は1、2パーセントくらいか。天候条件が悪ければその確率はさらに下がる。はあ〜。戦艦同士の戦いとは、ずいぶんと非効率なものなんですね。いや〜、ちょっとバカバカしいなと思いまして」

「お前。軍艦のことなど何も知らんくせに」

「え。軍艦のことはわからなくても数字のことならわかります。お飾りで戦艦を造るのは明らかな浪費だ。おやめになった方が賢明かと」


   *


なんて話すシーンをおれに見せる。まるでマンガから抜け出たような、と言うか、マンガから抜け出たんだが、1を聞いて10を知る者みたいな顔に見えるけれども実は90年後の世界からきたセワシ君であり、インターネットでかじっただけのハンパ知識を自分で考えたことのように錯覚しているだけなのがアリアリとわかる薄っぺらさ。自分の頭で考えたことをしゃべる人間の口調でない。この役者はこのセリフを話してるとき手にスマホを持っていて、チラチラ見ながら演っていたのを山崎貴がCGで消しているのが一目瞭然。

ということを言いたくなるほどのものだが、セリフの内容がそもそも間違っていて、〈10に1発〉というのは充分過ぎるほどの高率だ。〈日本海海戦〉ではそれで勝ってる。海の上で動くバルチック艦隊に日本は10に1の割で砲弾を当てられたのに対し、相手は〈砲撃管制能力〉とでも言うかな、野球で言うコントロールが悪くて30に1発くらいしか当てることができなかった。

あれはそれで勝っている。結果として困ったことにそれで大艦巨砲主義に悪い自信を持ってしまった。

という歴史があるのだよ君。だからこの主人公は軍艦のことはもちろんだが、小学校の算数さえまともにわからんだろうというのがおれにはわかってしまうのである。

けれどもまずその前に口の利き方がいかんだろう。まるでマンガから抜け出たような、と言うか、マンガから抜け出たんだが、大人をバカにし、ナメきったものの言い方しかできない。

そういうのを頭のいい人間とは言いません。山崎貴にせよマンガの原作者にせよ、本当の天才を見たことがなく、どんなものか知らないからこんな描き方になるわけだ。福山雅治ガリレオの劣化コピーしかできず、みんながみんな天才と言えば福山雅治ガリレオの劣化コピーを思い浮かべるようになってる。福山雅治ガリレオの劣化コピーが〈100年にひとり〉どころか、今日もどこかで100も200も生み出されるようになってる。この映画のアルキメデス君のように。

だがこのおれが天才だ。本当の天才にとって迷惑な話だ。本当に頭のいい人は、どんな言い方できるものかを考えてみよう。


   *


「十にひとつってところかな?」

「とーにひとつ? 10キロ離れた敵に10に1発ですか。それは素晴らしい。バルチック艦隊には実際にそれで勝っているわけですね。こちらが10に1発を敵に当てられたのに対し、向こうは30に1発しか当てることができなかった」

「そうだよ」

「しかしそれが上限で、〈5に1発〉とか〈3に1発〉はさすがに望むのは無理なんでしょう。それよりはこの模型のように、3×3で計9門を船に積み、一度にドーンと撃ってやれば、9割の率で敵に当たって沈められると考えた方が実際的だ」

「そうだよ。効率的だろう。だからこの船を造ろうとわしは言っとるんだ」

「わかりますが、敵も甘くはないでしょう。次に来るなら10に1発当てられるようにしてから来る。そのときに敵の方が数が多けりゃ敵が勝つんじゃありませんか」

「だからもっとでっかい船を造ろうとわしは言っとるんだ!」

「ええ。ですが、50サンチの砲は50キロ遠くの船を沈められると言うんでしょう。50キロ遠くの船にもトーニヒトツで当てられるんですか」

「何?」

「これが数学の問題です。10キロ離れた敵に10に1発当たる。では50キロ先には何にひとつで当たるか――〈10に1〉ではないですね。〈50に1〉でもない。距離が2倍になれば4倍、3倍で9倍、4倍では16倍と当てるのが難しくなりまして、50キロならゴゴニジューゴで答は〈250に1〉です。0.4パー。一度に9発撃っても3.6パーセント」

「いや……」

「しかもこれは角度だけの単純計算です。実際にはそれ以下でしょう。船の揺れや気象の影響が遙かに大きくなることになる。おそらく千に一発も当てられないのじゃないでしょうか」

「いや……」

「さらにこれは〈海が完全に平たいもの〉と仮定しての話なんです。50キロ遠くと言えば、地球の丸みのずっと先じゃないですか。見えませんよ。どう狙うんです。船の上に気球でも浮かべて、ゴンドラに乗った兵士に『方位いくつー、距離いくつー』と報告させますか」

「いや……」

「船に載せて実用になる砲の口径は30センチが上限で、それ以上は無用の長物になるというのが結論です。これに対して空母なら、100の飛行機に爆弾持たせて100キロ離れた敵に向けて送り出せる。5年後には充分に可能なものと推測できます。10年後にはおそらくより優れたものが……航空機の性能向上はいま凄い勢いで進んでいますね。敵に造られてしまう前に、こちらが先に造って運用できるようにならねば国を護れません」


   *


というような話のできる人間が本当に頭のいい人間であり、『アルキメデス』の主人公はただマンガを読み過ぎて知らぬ数学を知った気になってるだけの勘違い男だ。実は当時にこのような話ができるほんとに頭のいい者がちゃんと何人もいたのだが、軍は耳を貸さなかった。
作品名:ヤマト航海日誌2 作家名:島田信之