著作権フリー小説アレンジ
そこまで言って、ルイスはふうと溜め息を吐く。
「まったく、まるで分からないな。いっそのこと『全てが偶然である』と思った方が納得できるほどだ。いや、案外そんな結論なのかもしれんな」
ルイスはぱたんと『名剣・魔剣全集』を閉じ、本棚に戻すと、本棚にもたれかかるようにして再び口を開いた。
「あと、そうだな。大剣二刀流の淫魔は恐らくは五剣帝の一人《狂剣》だ。一対一で五剣帝に白兵で勝つのはほぼ不可能だろう。撤退は、フランの自尊心を傷つけたかも知れないが、素晴らしい判断だった」
ルイスはそう言って、フランの頭を撫でた。
*
寺井が、何があったのかを話し終えると、静寂が車内に舞い降りた。
寺井の全身に付けられた傷は、ロザリオの治癒魔術でふさがっていた。痒みともくすぐったさともとれない奇妙な疼きに晒されているが、痛みや暴力的な快感は既に無い。
「ロザリオ、そのような淫魔が入ってきた感覚はあったか?」
エヴァンスは振り向きながらロザリオに問う。
「いいえ、何かが入ってきたような感じはありませんでした」
ロザリオは不満そうな顔だ。この前から、具体的には寺井がこちらに来てからというもの、自分の魔術を跳ね返したり無効化したりする相手が多すぎる。ロザリオはそのことに少なからず苛立ちを感じていた。
武を端から捨て、魔術の技を磨いてきたにもかかわらず、易々とそれを超えられている。恐らく、側近としての能力は五大貴族の中でも最低なのだろう。
いかに今まで、姉に頼りきりだったのか。ロザリオはそれに気付いてしまった。
それは本来ならば、もっと早く気付くべきことだ。
三十五年前の事件から会議は四度あり、それまでにロザリオは単身会議に参加していた。その四回。その場にいる誰もが、気紛れにでもロザリオを斃すことができたのだ。
「ああ、そうだな。私も気がつかなかった」
エヴァンスはそんなロザリオの心境を知って知らずか、そう呟く。
だが、そう言われても、ロザリオの心は晴れなかった。
「恐らくはフランマ家か、フェルム家の手のものでしょうねメイドの格好と言えば、フランマ家の側近たるフランマ・フランが有名ですが、本人が来ているという事は流石にないでしょうね」
カテリナは注意深く外を見つめながらそう言うが、エヴァンスは首を振る。
「その辺りの陣営のものかも知れないが、証拠がない。会議の時に追求はするのは難しいだろう。
第一、客人は外に出てうろついていたのだし、誰にも魅了ラベリングされてはいない。『野生の人間』をどうしようと何の違反にもならないし、罪にもならない。
……それに、問題にして相手を批難できるほど、こちらの力もないしな」
エヴァンスはそういうと、この話は一旦終わりにする。と言った。そして、寺井の剣を見つめる。
「話を聞く限り、それは『剣技付与』という魔術だろう。恐らくは」
エヴァンスはそう呟いた。
「『剣技付与』? なにそれ」
オレンジは首を捻る。カテリナとロザリオも見つめ合って首を傾げ、パトリシアに至っては全く以て分からない様子で興味なさげですらある。
どうやら、エヴァンス以外、誰も知らない魔術らしい。寺井はそれを見て、不意にその剣の重みが増したような感じがした。
「『剣技付与』は、『封印学』に記載された剣士の剣技を剣の中に封じ込める付与魔術だ。その魔術を剣に与えることで、その剣を握るものに、剣士の技術を与え、代償に剣士は剣技を喪うとされている……ただ、細かい術式や儀式に関する技術は全く以て失われている。あれは喪われた魔導科学ロストテクノロジーの一つだからね」
「ロストテクノロジーですか」
寺井はまた難しい言葉が出てきたと思いながら、そう反駁した。
ロストテクノロジーという言葉は、戦争や後継者不足などで失われてしまった技術体系を指す言葉だったように記憶している。
つまり、現在では再現出来ない技術のようなものなのだろう。寺井はそう推測し、それは概ね当たっていた。
「ああ、呼んで字の如く、喪われた魔導科学は様々な原因で失われた魔導科学の技術のことだ。淫魔族自治領において、多くはそれを記した書の消失により起こる。有名なものは四つの本で、四大畸書と呼ばれている。
あまりに難しく、オリジナルの本自体も消失したため喪われた『建築学』の『空間創出』魔術。
大火事で焼けたため完全に喪われた『航海術』の『平行世界航行』魔術。
記された魔術があまりに危険すぎるために禁書指定、焚書、更にその灰まで封印され、完全に喪われた『山海図経せんがいずきょう』の『地形変更』魔術と『怪獣創作』魔術……。
そして、非人道性故に禁書に指定され焚書された『封印学』の多くの魔術。
それぞれ、現在では危険な魔術を除いたり、復元可能な場所を復元したりした形で発行されているが、『封印学』だけはあまりに危険なために、危険な魔術を除いたものが一度復刻したものの、それも現在、封印されている」
難しい言葉が一杯出てきて、一戦終えたばかりの寺井の頭には入らない。しかし、要点だけは掴むことが出来た。
さっくりと要約するに、この剣、石剣・マーブルには本来ロストテクノロジーの魔術が付与されているということだ。
「さて、何の話だったか。しばらく会話をしていなかったからか、話すのが下手になったな……」
自嘲気味に笑うエヴァンスに寺井は問う。
「どうしてそんなものが、ラピス家の館に? この剣にかけられた剣技の持ち主は一体……」
「推測の域を出ないが」
そう前置きして、エヴァンスは口を開く。
「おそらくは、かつて、私が五剣帝の一人とされていた時の、私の剣技なのだと思う。
偶然にもその魔術が掛かったのだろう。『手』を喪うことは剣技をうしなうことと同義だ……。魔術は、式だ。例えば足し算におけるetたすの右と左を入れ替えても答えは同じように、手順に多少の違いがあっても魔術が起動することが……ある」
エヴァンスはそこまで言って、口を閉じる。
長広舌を振るう機会がここ数日で多いせいか、少し疲れたようにも見えた。
「この剣に……エヴァンスさんの剣技が」
寺井はおや、と思う。確か、エヴァンスが用いていた武器は刺突用の片手剣のエストックではなかったか。
「いくら私でも初めからあんな奇妙な武器をつかうほど変わり者ではなかった。マーブルは私が百五十くらいまで使っていたものだ」
寺井の思考を読んだようにエヴァンスはそう言った。一瞬、百五十という数字が何の数字か分からず寺井は戸惑う。少し間があって、年齢のことだと気付く。寺井の常識ではその数字が年齢に使われることは無いため、すぐには分からなかった。
「しかし、そうか。不思議な縁もあったものだな。偶然私が使っていた剣を客人が選び、偶然、それに喪われたはずの魔術が掛かっている……。
ここまで来ると運命の売女をとめもかくやと言わんばかりの強運だな」
エヴァンスはそう呆れたように呟く。
そして、ソファから車椅子に乗り移った。
「とりあえず、あまり起きているのも良くない。皆も夜明けまで寝るといい。……ロザリオ」
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中