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「あー逃げられた……、みたい」
 オレンジは唐突に動きを止めると、興味を失ったように大剣を投げ棄てた。二本の大剣はとぷんと彼女の影に吸い込まれていく。
 オレンジの周囲一帯の木はへし折られ、あるいは根本から引き抜かれ、一瞬のうちに、そこだけ森では無くなっていた。
 思わずその出鱈目さに寺井は口を開ける。出鱈目すぎて、却って凄いのか凄くないのかもよく分からない。
 あまりの光景に寺井は重要なことを失念していた。
 すなわち、巻き上げられたものは落ちてくる。
 はっとそれに気付いて寺井が上を見ると、大量の木々が振ってくる。ひとつひとつが人を押しつぶすのに十分過ぎる質量だ。
 逃げるには遅すぎる。
「 , ――Scutumスクゥトゥム.Magiaマギア.」
 そんな声と共に青白く光る半透明の盾が木々を斜め上空に弾き飛ばした。
「《狂剣》! 闘争心が強いのはしょうがないとして後のことを考えてください!」
 遅れて走ってきたらしいロザリオがオレンジにそう言った。直後に遠くで木々が落ちる音が聞こえる。
「ごめんなさい……」
 オレンジはしゅんとしてそう言った。獣の耳のように跳ねている髪の毛が心なしかしょんぼりと垂れていた。
 そんなやり取りを聞くうちに寺井は身体から力が抜けるのを感じ、くたりと座り込んだ。

 *


 *

 生命の灼やける憤怒の摩天にある、フランマ家の城は相変わらず曇天の中、異彩な存在感を放っていた。フランは城の上空をぐるりと回ると、発着場に着陸した。
 発着場は丁度日本の能の舞台が建物中央部からせり出して浮いたような構造になっている。
 フランは素早く翼を畳み、背中の中に仕舞うと、早足でルイスの元に向かった。
 ルイスの部屋は普通の書斎で、魔王に匹敵する存在が住む部屋としては、似つかわしく無かった。
「フラン、どうした。その首」
 ルイスは部屋に入ってきたフランを見るなり、そう言って細い指先で自分の首を指さした。
 フランはそっとルイスのさした部分と同じ場所を触る。指先に伝わったのは、血に濡れてそのあと固まってしまった布のぱりぱりとした感触だった。確認すると、ブラウスの胸元まで血の跡が残っていた。
「石の売女をとめに同行している人間にやられてしまいました」
 フランは正直にそう話す。
 自分の真の主たるルイスに隠し事など出来はしない。五大淫魔貴族の一角、フランマ家当主の側近たる自身が人間ごときに傷つけられてしまったなんていうのは恥以外のなんでもない。本来ならばなんとしてでも隠し通したい事だ。
 それでも、フランのルイスへの忠誠心は、個の些細な羞恥などどうでもいいと思えるほどに大きかった。
「へえ、フラン少し手抜きしすぎたか?」
 ルイスはややニヤニヤしながらそう言う。その様子は、まるで『ある程度予測していた』とでも言いたげな様子だった。
 ルイスはそういう『特殊能力』は持っていないはずだが、何かと勘が優れているところがある。
 ルイスは黒檀のテーブルに肘をついて葡萄酒を注いだグラスを回し、さらに指先をその回っている葡萄酒の中に入れる。一瞬のうちにその葡萄酒から青白い炎が上がった。ルイスはそれからぐっと燃える葡萄酒ワインを一息で呑む。
 フランはその奇妙な飲み方に初めは驚きに目を剥いたが、今ではそれが普通のことと思い直している。しかし、毎度、その飲み方は果たして美味しいのだろうかと疑問に思う。『燃やす』ということは激しく熱と光を酸化させることであり、葡萄酒を美味しく飲むときの『適度な』酸化とは言えないように思う。
「そうですね。……結果的に手を抜きすぎてしまったのでしょう」
 フランは葡萄酒の事は頭から離し、そう答えた。しかし、そうはいったものの手の抜き方はせいぜい下級淫魔レベルなのだ。『下級』とは言え、淫魔の力は本来、人間の手には負えない。
 あの人間は『本来人間の手には負えないレベル』を超えてきた。
「フランが相手の戦力を見誤るなんて珍しいこともあったものだな」
 ルイスはそう言うと、ゆっくりと立ち上がり、本棚に向かって歩く。
「それで、どんなものを見た」
 ルイスがそう訊ねる。なにか、とんでもなく正確な第六感でも持っているかのような問いだった。
 フランはその問いに一瞬どきりとしながらも、口を開いた。
 フランは寺井との逢い引きを事細かに説明する。初め、相手はそんなに強くなかったこと。魔術の耐性もなければ、剣技も人間として普通程度で到底淫魔と渡り合える者では無かったということ、適度に痛めつけて、性的に虐めたこと。そして、突然に神速の剣に覚醒し、剣が光り、その剣を握る彼の手に幽霊じみた腕が手を重ねていたこと。
 大剣を二本持った淫魔の介入により撤退したことを話す。
 フランがそこまで語ると、ルイスはおもむろに一つの本を取り出した。茶色の表紙に銀糸でタイトルが書かれている。ルイスが抱えるほどもある大きな本だった。いわゆる魔導書の類ではなく、ごく普通の、紙にインクで印字してあるだけの本だ。
「『名剣・魔剣全集』……ですか?」
「それの第三版だ。現在広く出回っているのは第七版。第五版の時に大幅な改定があり、現在、存在していない魔剣の項目を削除した。その改訂時に削除された魔剣の中に、フランが見たものとよく似た魔剣が載っていた」
 そういうと、フランはその本を抱えて椅子に座り、机の上で紙を捲り始めた。
 ぺらりぺらりと紙を捲る音が少しの間続き、それが止む。
 ルイスはぐるりと本を回して、フランにそれを見せた。
 《剣聖の霊宿る剣》
 そう書かれた頁ページに、版画の挿絵がある。そこには剣を持った女騎士の姿があり、その騎士が持つ剣の柄には先程フランが見たのと同じ、『手』が描かれていた。
「これは……」
「それは『剣技付加』という魔術がかけられた剣についての記述だ。
 もともと『剣技付加』は、『封印学』において、剣の技能を恒久的に奪い、剣に封じ込める魔術として登場したものらしい」
 フランはそれを聞いて、自らの記憶を辿った。
 『封印学』という本には聞き覚えがある。教養ある淫魔ならばその名を一度は聞いた事があるはずのその本、『封印学』は文字通り、『封印すること』に関する技術を体系的に纏めた古の魔導学術書である。
 『封印』とは、ほとんど寿命以外の『死』を持たない淫魔にとって『死』に極めて近似した概念だ。寿命が来るまで、その肉体を様々な方法で縛りつける。
 それが封印するということだ。あまりに惨い呪いの数々を淡々と記した内容に禁書に指定され、長い時の中で全てが焚書ふんしょされてしまった。故に、その中身に関して知るものはおらず、喪われた魔導科学ロストテクノロジー化してしまった魔術も多くある。
「この絵、私が見たものにそっくりです」
 フランはそう言って、絵を指した。
「そうか。だとすれば石の売女をとめは随分と豪快な事をしたものだ。おそらく、斥候部隊からの情報にあった『怪我をおった淫魔』というのは、この魔術を使われ、剣技を奪われたものだろう。
 そうして《魔剣》を作り、渡すほどに、その人間は重要人物ということになる。のちに人の世を統べるような、そんな人物とでもいうのだろうか……」
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中