小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

著作権フリー小説アレンジ

INDEX|39ページ/39ページ|

前のページ
 

 ロザリオは名前を呼ばれて、内心びくりと震える。結界の内側に侵入されたこと。それを怒られてしまうのではないか。そんな思いが過ぎる。
「はい、お姉様」
「疲れたでしょう? もう寝なさい。結界は張らなくても大丈夫。
 こちらの手札のオレンジを見せている以上、単独でここに来ることはないだろう。逆に結界が出す魔力で大きな存在を引き寄せるほうが面倒だ」
 そう言って、電動車椅子を転回させ、寝室に向かった。
「わかりました」
 ロザリオはすこし遅れて、そう言って、更に遅れて、
「ありがとうございます。お姉様」
 と呟いた。姉が気遣ってくれているのが、なんだかとても、嬉しかった。

 *

 エヴァンスが寝室に消えたこともあり、カテリナもそのあとに続いて寝室に帰る。ロザリオも「寺井様、どこか痛くなったらまた言ってくださいね」と言い、寝室に帰っていく。寺井も戻ろうかと思ったところで、不意にパトリシアに腕を掴まれた。
「待て人間」
 そう攻撃的な口調でパトリシアは言う。敵意じみた口調に寺井はどくんと叱られた生徒のように心臓が震える。
 振り返ると、パトリシアはソファに座ったまま、右手を伸ばして寺井の腕を掴み、少し目を逸らしている。
「正直に言えば、お前のことは認めてはいなかった。人間を馬車に乗せるのは正直嫌だった」
 寺井は、そう言えば馬車に乗るときにパトリシアが少し悔しそうな目をしていたのを思い出す。人間はこの世界においては餌でしかない。ならば人の感覚からすれば、豚や牛といったものに近いのだろう。
 たしかに、そういった畜生を高級車に乗せるようなものとあっては、その車を駆る者が心中穏やかであるはずは無かった。
 寺井は申し訳ないような、しかし申し訳なさを感じるのもなにか違うような、そんな微妙な感情を味わう。
 パトリシアはそんな寺井を見ず、俯いたまま続ける。
「だけどな、《狂剣》に斬りかかり、剣の助けを借りたとはいえ一人で淫魔の剣士を引かせたのは、並大抵の気合いじゃねえ。……認めてやる。名で呼んでも構わないか?」
 そう言われ、寺井は、反射的に頷いた。嫌われていた者から好かれるのは、悪い気がするはずがない。
 頷くのを見たパトリシアは、小さく、ありがとうと言った。
 ありがとうを言うのはこちらのような気がする。寺井はそう思いながらも、「いえいえ」と、曖昧な返事をした。
「それじゃあ、もう寝ますね」
 寺井はそう言って一歩踏み出したところで、再びパトリシアに腕を掴まれた。
「まだ話は終わってない。一つだけ、忠告するぞ。レン」
 そう言って、パトリシア顔を上げた。そのきつそうな目には然しながら、不安の色があった。
「レンがさっきまで相対していた敵は、上級淫魔。それも恐らくは結界や気配を遮断する類の『特殊能力ウィッチクラフトアビリティ』を持っている」
「ウィッチクラフト……アビリティ……」
 その響きを寺井は口に出して復唱する。直訳すれば魔法の能力か。
「そうだ。魔術に依らない特殊な能力のようなものだと思ってくれればいい。
 ……レンが相手にしたのはそんな、淫魔でも普通なら滅多に闘う事がないような相手だ。私でもそんな相手と闘ったことはない。故に、これから出会う相手はそれがどんな相手でも畏れるに足りないと思うかも知れない。
 だからこそ……」
 そこでパトリシアは言葉を切り、顔を上げた。真っ直ぐな、ただひたすらに真っ直ぐなダークブラウンの瞳が寺井を射貫く。
「恐怖に鈍感になるな」
 パトリシアがそう言った。
「それは、悪いこと……なんですか?」
 寺井は思わずそう問い返す。語調が少し強くなったかも知れない。
 恐怖で足が竦み、何も出来なくなってしまう位なら、そんなものはないほうが遥かにマシだ。寺井はその言葉にそんな感情を抱く。
「恐怖を堪え、ねじ伏せ、立ち向かうのと、初めから恐怖を感じないのとでは天と地ほどの違いがある。
 恐怖というのは防衛本能だ。恐怖を感じたものから逃げようと思うのは、命を守るためだ。それが無いということは、命を守る心理的な壁がまるで存在しないことでもある」
 だから、鈍感なのはだめだ。パトリシアはその言葉を飲み込むと、手を離した。
 寺井は、その意味を上手く消化できず、困ったように目を伏せると、
「分かりました。……善処します」
 とだけ言って、小さく一礼し、静かに寝室に戻る。
 寺井は考える。
 恐怖に鈍感になることは、そんなにも危険なことだろうか。
 もしも『あの時』、自分が恐怖に襲われていなかったなら、違う過去があったのじゃないだろうか。
 
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中