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 両手で柄を握り、剣道において最も基本的な正眼の構えをとり、牽制するように剣先を相手の首元に向けた。
 その瞬間、メイドは眼を見開き、嬉しそうに唇に弧を浮かべた。頬は紅潮し、興奮しているのか、眼が潤んでいる。妖艶な姿態。しかして、その身体から立ち上るのは危険な香り。
「そうですか。ご主人様のその剣は飾りではない。そういうことですね」
 メイドはそう言ったかと思うと、自らの胸元に手を入れる。瞬間、魔方陣が赤く光る。何かを掴み、手を引き抜くと、そこには剣が握られていた。
 刃渡りは約一メートルほど。作りは日本刀に似ているが、日本刀に特徴的な反りがない。ちょうど仕込み杖から抜かれた刀のような見た目だった。
 メイドはさらに左手を胸にある魔方陣に潜り込ませたかと思うと、再び引き抜く手に握られているのは同じく片刃の直刀。オレンジの使う大剣に比べれば、極めて常識的なサイズで、寧ろ細い印象を受けるほどではあるが、それでも片手で扱うには大きい得物だ。
 両手に刀。右の刀は、錆のような赤茶けた色の光を反射しており、左の剣はまるで暗殺用の武器のような艶消しの黒マットブラックの刀身に、呪術的な金細工が鎬しのぎを装飾している。二本の刀を握るスタイル。すなわち、二刀流。
 通常、二刀流とは、利き手に打ち刀や、太刀、反対の手にそれらより少し短い脇差わきさしを用いる。脇差を頭上に掲げるようにして頭部を守りながら闘うもので、利き手でない方の剣は、剣と言うよりむしろ盾のような使い方をする。二刀流とはその語感から攻撃的な印象を受けるが、その実、防御的な戦いをするスタイルである。
 少なくとも、寺井の知識の中ではそうだった。高校までの剣道では二刀流は禁止されているため、二刀を操る選手と対峙したことはないが、高校生以上の大会の動画などを見てそのことを知っていた。
 しかし、そのメイドは軽く半身を開き、左手の黒い刀でこちらを指すように掲げ、右の刀は完全に身体の影に隠している。
 オレンジもそうだったが、淫魔族の二刀流というのは、寺井の知るものとは全く違うもののようだ。
 相手の出方を覗う寺井に、メイドが口を開く。
「開戦しはじめましょう? ご主人様」
 快楽を求める熱っぽい声がした。その瞬間、メイドが素早く前進する。
 左の黒い剣が迫る。速度こそ無いものの、迫り来るのは触れれば斬れる真剣。寺井は素早くその黒い剣を打ち払う。
 しかし、感触がない。黒い剣は寺井の剣に弾かれる直前に引き戻されている。直後、視界の左端に朱い煌めき。メイドの右手の剣から放たれるは死角から回り込むような一閃。
 剣の先端での速度こそ恐ろしいが、目一杯伸ばした腕から放たれる動作の大きい攻撃でその動きを読むのはそれほど至難ではない。寺井は素早く剣を返し、その一撃を受け止めるために左に剣を振るう。
 しかし、またしてもそれは空を切る。「何故?」その疑問に、一瞬気を取られた。
 メイドは身体に引きつけた黒い剣を身体の身体を捻るようにして突き出す。
 その一撃は右肩の側面を削るように抜けていく。
「っ!」
 寺井は痛い! と叫んだつもりだった。しかし、実際は吐息が漏れただけだった。痛いと叫んでしまえば、少しは気が紛れるのかも知れないのに、声が出ない。それは、思いの外、寺井に圧力をかける。
 黒い剣が引き戻されるのと同時に、メイドの身体が素早く前進し、前蹴りが寺井の胸に飛んだ。身体が弾き飛ばされるも、辛うじてバランスは維持し二本の足で着地する。足裏が地面を削りながら滑り、二人の距離が開く。
 寺井は一拍遅れて蹴りのダメージを感じ、思わず膝を付いた。胸部へのダメージに血流が狂い、視界が明滅する。更に、斬られた肩が痛む。幸いにして怪我の程度は軽く皮膚の表面を切ったくらいではある。骨、筋肉を断ち切られるほどではなく、血は滲んでいるが、流血という程度でもない。寺井は左手で軽く斬られた部分を触りながらそれを確認する。
 怪我の程度は重くない。しかし、それでも、身体を切られるという痛みは、激しい感覚をもって寺井に襲いかかっていた。
 はあはあと、喘ぎながら寺井はそれでも剣を取り落とさず、メイドを睨み付けた。
「少し、がっかりです。ご主人様。構えがサマになっていましたから、少しは出来るかと思いましたが、この程度ですか」
 彼女はそう言うと、挑発するようにぐるぐると手首の動きで剣を回す。
「人間程度に手加減したのですが、それでもこんな簡単に這いつくばってしまうなんて、なんてか弱い『ご主人様』なのでしょう」
 あからさまに侮辱する嘲笑。それほどまでに莫迦にされて、黙っている男なんて居ない。
 寺井は立ち上がると、再度正眼にマーブルを構えた。メイドはそれを見て、再度うっとりと瞳を濡らす。
「あくまで抵抗すると言うことですね。分かりました。なら、虐めて差し上げます。ご主人様」
 言い終わらぬうちにメイドは加速する。右斜め前にステップしたかと思うと、再度鋭く死角に回り込みながら付きを繰り出す。寺井は再度弾こうとするが、またしても空振りする。
 マーブルの迎撃から逃れた赤の剣はしかし途中で何かにぶつかったかのように軌道を変える。V字の鋭角的なターンをしたかと思うと、左脇腹の下を斬りつけた。
 痛みに寺井は声のない悲鳴を上げる。そして、悔しさが脳を支配した。
 この危険なメイドは遊んでいる。
 殺すつもりでもなければ戦闘に興じているのでもない。
 ただ、捕まえた獲物を痛めつけ、その反応を楽しんでいるのだ。
 さっきの突きだって、殺すつもりなら心臓や首を穿つことだって出来たはずだ。
 寺井はぎりと歯を食いしばって、逃げるように後退する。
「逃がすわけが、ありませんよ」
 ぞ、と、メイドの踏み込みが間合いをごっそり削る。
 黒の剣が振られた。しかし、その振りはあまりに速く、踏み込んだ迎撃は失敗する。袈裟斬りのように斜めに振られた一閃は、剣道で言うところの小手打ち。寺井の手首の外側を軽く斬りつける。メイドは斜め下に斬り下ろした勢いを利用して、身体の軸を傾けながら回転する。
 ばっ、と、垂直に立ち上がったメイドの右足が、右肩を目がけて落ちてくる。
 ――胴回し回転蹴り!
 蹴り技の中でも、隙が大きいが全体重を載せた威力は洒落では済まされない威力を秘めている、大技。大技であるが故に回避は容易とされているが、踏み込んだ直後の寺井はそれを躱せる体勢になかった。
 それでも無理矢理身体を捻ると、その一撃は先程斬られた右肩側面の傷にヒットした。大鎚おおづちを振り下ろされたかのような一撃を怪我した部分で受けてしまう。そこに更に、左から時間差で赤の剣が振り下ろされる。
 右腕が動かない。とっさに左腕を上げ、そこを斬られる。
 両腕に怪我を負ったことは、戦闘に大きな影響が出る。メイドは大技を放った直後で隙だらけだが、右腕が完全に痺れてしまっており、何のアクションもとれない。
 メイドは再び間合いを取り、剣の間合いに戻すと赤の剣を薙いだ。
 手に力が入らない。しかし、強引に左腕の力に頼ってその攻撃を打ち返そうとする。だが力の入らないその迎撃では弾かれて終わりだ。
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中