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 三拍子でも四拍子でもない奇妙な曲だったが、聞きづらさは無い。
 北欧の民族的な香りのする曲調で、どこか懐かしさを感じさせる、そんな曲だった。
 寺井は彼女に近付いていき、座るのに丁度いい枯れ木に腰掛けた。
 オレンジはそれをさらりと横目で流し見ると、ほんの僅かに口の端に楽しげな色を浮かべた。
 さらさらと流れる小川を思わせる、優しい曲。楽器が一つしかないとは思えないほど美しく、それでいて厚い音だった。それは、彼女の大剣に二本による二刀流という荒々しい戦い方や、《狂剣》という二つ名を持つ者の演奏とは思えないものだった。
 しばらくして、音が止む。
 寺井はぱちぱちと手を叩き、オレンジはそれに礼をして返した。
「ありがとう」
 オレンジはそう言って、ぱしゃぱしゃと水音を立てながら畔まで戻ってくる。
 軽く足首を振って水気を飛ばすと、そのままブーツを履いた。そして、ヴァイオリンをぽとりと落とす。すると、粘性の高い液体に触れたように影の中に沈んでいった。
「とても上手でしたよ」
 寺井は立ち上がってそう言う。それはお世辞などではなく、オレンジはほんの少しだけ嬉しそうな顔をして、どこか遠くを見るような目をした。
「小さい頃は、よく、乱暴な弾き方って、言われた気がする」
 気がする。という曖昧な言葉。それはいったいどういうことなんだろうかとオレンジに聞こうとしたが、オレンジはそれを気にする様子もなく、ふわりとした足取りで馬車の方へ向かう。
「オレンジさん」
「なに? レンくん」
 オレンジは振り返る。
「もう寝るんですか?」
「うん。もー寝る」
 吸血種ヴァンパイアと言えば夜の怪物というイメージがあったが、どうやらオレンジはそうでも無いらしく、眠そうな声でそう返した。
 寺井も一緒に帰ろうとしたが、今帰ってもまだ寝付けそうにない。そこまで離れなければ大丈夫だろうし、何かあって声を出せば大丈夫だろう。そう思い、オレンジにもう一度声を掛ける。
「僕はもう少し歩いてから帰ります」
「うーん、危ないんじゃ……」
 オレンジは推奨しかねると言いたげな顔で途中まで言った後、ふと何か得心したような顔になった。
「いや、大丈夫かな妹さんの魔術で、この泉周辺に、即席の結界みたいなものが、張られてるし。あんまり奥の方に行ったら、見えない壁に当たると思う。妹さんすごいなー」
 オレンジはそれだけ言うとくるりときびすを返して馬車の方に向かった。
 なるほど。寺井は少し納得した。それならば逆に言えば見えない壁に当たるまでは大丈夫だということだろう。眠りながら大きな結界を張り続けるというのがどれほどすごいことなのかは寺井には分からなかったが、泉だけでもそれなりの大きさがある。これを覆うだけの結界ということは、分からないなりにもすごいことだと分かる。
 寺井はそんなことを考えながら、泉を一周するようにぐるりと回ってみた。
 泉の大きさは、ちょうど陸上競技場のトラック一周ほどだろうか。小学校の頃に国体の練習をさせられてたのを思い出しながら、寺井はナイトウォークを楽しむ。
 少し肌寒かったせいだろうか。不意に尿意を催す。
 あまり行儀の良いことではないが、森の中の茂みでしてしまおう。そう思い、寺井は森の中に入った。
 ロザリオの結界があるという話を聞いて、森の中に入るなという言いつけはすっかり抜け落ちていた。

 用を足して、森から抜けようとした時。

 ――、……。

 誰かの話し声のような音が聞こえた。
 思わず振り返って森の奥に目を凝らす。
 そこには暗闇があるばかりで人影など、
「 , ――Flammaフランマ.Magiaマギア.」
 耳に何度か聴いた魔術の詠唱に酷似した響きの音が聞こえたかと思った瞬間、喉に焼けるような激しい痛みを感じた。
「――っ!」
 寺井は叫びながら喉を押さえる。押さえる指の隙間から、赤黒い魔方陣が静かで嗜虐的な光を放っていた。
 思わず叫んだ。
 しかし、喉から出たのは、空気が掠れるような音だけだった。
『襲われた』
 寺井の頭はパニックに支配される。『たすけてくれ!』そう、叫んだつもりだった。しかし、実際に出たのは無声音で構成されたひそひそ声のようなものが口から漏れただけだった。その音は五メートル先にさえ聞こえるか分からないような音だ。
「そう、焦らないでください。『ご主人様』」
 影から、一人の女が現れた。
 身長は、平均的な成人男性の身長を持つ寺井よりやや低いがほとんど同じくらい。寺井と同じ歳の女性と比べるならばやや高め。頭に女給仕メイド風のカチューシャ、肩までの黒髪は外側に跳ね、綺麗なメイド服に身を包んでいた。森の中から現れる者としては些か軽装すぎる。そして、汚れていない服というそれだけで、目の前に立つ女がただ者ではないことが分かってしまった。
「故あって名乗る事は出来ませんが、怪しい者ではありません」
 彼女はそう言うと、微笑んだ。その目は、言葉に反して怪しげで、嗜虐的なワインレッドの色を爛々と光らせていた。









三十六、女給仕の奇襲

 メイド服の女性はうっとりとした嗜虐的な瞳で、酔った淫魔じみた厭らしい笑みを浮かべている。
 寺井は喉を擦る。声が出ないのは相変わらずだが、痛みはもう無い。
「お気付きかとは思いますが、ご主人様の声帯はしばらくの間潰させて頂きました。しばらくすれば戻りますからそう怖がらないでください。……さあ、せっかくの逢い引きですし、楽しみましょう? ご主人様」



寺井は思わず後退あとずさりした。

 ――こいつは危険人物だ。

 寺井には相手の殺気や纏うオーラといったものを感じ取る超感覚はないが、それでも分かる。その眼は『無邪気な邪気』ではなく、『無邪気を装った邪気』で相手を蹂躙せんとする、嗜好のために狩る者の眼だ。
 寺井はもう一歩後ずさりする。逃げ出したい。だが、それは出来ない。逃げだそうと後ろを振り返った瞬間、確実に死ぬ。
 助けを呼ぼうにも声は出せない。寺井は努めて冷静に考える。
 助けは呼べない。
 寺井はもう一歩、後退る。
 しかし、寺井の目の前のメイドは、逃がさないと言いたげに、ゆくりと回り込むように移動していく。その動きには隙が無く、まるで暗殺者アサシンのように足音がない。
 王手をかけられ、逃げ道もない。無論のこと、このメイドを斃たおすのも無理だろう。そんな状況だった。
 詰み。
 冷静に考えた結果がその答えが寺井の胸に落ち、染みのように広がっていく。
 そんな時、ぶらりと力なく垂らした左手の指先に、かつんと、何かが触れる。左腰に感じる、『此処ニ在ル』という確かな重み。
 寺井は、それを確認し、左腰に手をやった。硬く、それでいて暖かみを感じる柄が右手の中に入る。そして、寺井はキット前を見据えると石剣・マーブルを抜き放った。
 王手をかけられ、逃げ道がない。だが道はそれだけではない。
 エヴァンスとオレンジは恐らくまだ起きている。帰りが遅いことに心配して誰かが来る可能性もある。こちらの陣営の淫魔ならば、例え目の前のメイドが如何に強かろうと勝てる。
 それまで耐えることが出来れば、こちらの勝ちだ。
 寺井はマーブルを構える。
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中