著作権フリー小説アレンジ
「客人が初めに言ったことと同じだが、最終的には『財があること』という所に収束するだろう。淫魔にとっての財と言えば主に『精』のことだ。
淫魔にとっての精は命を燃やす糧であり、魔術式を動かす燃料であり、通貨でもある」
なるほど。寺井は相づちを打つ。すなわち、淫魔にとっての精とは体力(HP)と魔力(MP)と|お金(Gold)が合わさったようなものなのだろう。
つまり、精があるということはそれだけタフで強く、魔法もばんばん撃て、贅沢をする一方で装備も整えられる。ゲームで例えるならば、そう言うことなのだろう。
「だが、貴族にとってもう一つ大きな財は人だ。
人材ならぬ人『財』ということだな。貴族は人を引きつける魅力を持ち、そこに有能な者が集まってくる。それこそが、貴族の強さの最も大きな部分だと私は考えている」
そう言えば、エリカが目の前に立ちはだかったとき、エヴァンスは少しも躊躇わず、パトリシアに決闘を委任した。それは、エヴァンスがパトリシアを信じているというだけではなく、自分の家の力を、自らの貴族としての強さを信じていたということなのだろうか。
話を噛み砕いて理解しようとして難しい顔をする寺井に、エヴァンスはふふふと笑う。
「客人は優れた生徒だ。それは教師にとって優れた生徒という意味だがね。
本当の良い生徒ならば、教師が教えるより先にそのことを知っているはずだ。客人はそうではない。無知とすら言っても良い。だが聡明でもある。
だが、最も良いのは人の話を真剣に聞くと言うことを知っていることだろうね。当たり前のことだが優れたことだ。
教師が自己承認欲求を満たす程度に無知で、そして物分かりがいい。こんな優れた生徒、他にいるだろうかね?」
エヴァンスは少し疲れたように一度欠伸をする。
それは思えば当たり前のことで、彼女は昨日から寝ていないのだ。それに加えて二度も敵に襲われる事があったのだから疲れは出ても仕方がないだろう。
「しばらくぶりに長いこと話したせいか、少し疲れたな。
しかし客人は不思議だ。こうやって人に何か自分の考えを披露するようなことはしたことがなかったはずなのに、なんだか懐かしい感じが……する」
エヴァンスは目を瞑りながらそう言った。
------------------------- 第14部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
休息
【本文】
*
「しかし、あれが、五剣帝の一人……ですか」
寺井と同じく外の景色に夢中になっているオレンジを見ながら、カテリナが興味深そうに言った。
「五剣帝?」
そう言えばオレンジがそんな事を言っていた。
「『剣の腕においては最強』と呼ばれた五人の剣士の事です。『狂剣』、『石の蜂』、『迫る壁』、『影追い』、それと……もう一人いたと思うのですが。何という名前でしたか……」
カテリナは首を捻る。
「最強の剣士……」
寺井はその言葉を口に出してみる。使い古された響きの中に、恐ろしく太い芯がある。
確かに、淫魔最強貴族の当主二人を相手に勝るとも決して劣らないその実力は、『強い』という言葉だけでは形容しがたいものがある。
オレンジは寺井が見ているのに気付き振り返ると、
「でも、《石の蜂》もー、そうだよ」
とエヴァンスを指さし、間延びした声で言った。人を指でさすという礼節の無さに、ロザリオがぴくりと眉を動かしたが、エヴァンスが特に何も言わないのを見て、表情は崩さなかった。
カテリナはオレンジの発言を受け、不思議そうな顔をして小首を傾げる。
「五剣帝にLapisの名は無かったように記憶していますが……それに《石の蜂》という名も別の名前だったかと」
それに割り込む様にエヴァンスが口を開く。
「嚆矢と共に神速の突きが放たれ、その瞬間、毒が回ったように相手が斃たおされてしまう。故に蜂。《石の蜂》と呼ばれ、蜂を意味する家名を冠されたApis Evaアピス・エヴァは、後に『神により創られたAdamの肋骨から産まれたEva』という神性を帯びた名を不吉に思いEvansと改名する。
更にその後、先代の引退を受けてApisの名を捨て、家を継ぎ、Lapis Evansと名乗るようになった」
つまり、私の事だ。エヴァンスはそう言うと、やや不機嫌そうな無表情になる。
カテリナは得心したという顔になった。
「そして、私が手足を喪ったのと共に《石の蜂》は死んだ」
エヴァンスが五剣帝の頃の自らの事を紹介するのにやたら飾り立てた言葉を使ったのは、過去の自分に対して抱く劣等感と、その頃にもう戻れない『自分』への自罰的な自己賞賛だったのだろうか。
車内に居心地の悪い沈黙が横たわる。
しかし、その沈黙をエヴァンスは自らかき消すように口を開いた。
「だが不思議なものだな。手足を喪ってから私はずうっと自分の部屋に閉じこもっていた。その時から一つも状況は変わっていないのに。
私の周りには人が集まり、こうして旅をすることも出来ている。剣こそ握れないが、この目で闘う事も出来る。不思議なものだ。実に、不思議なものだ」
エヴァンスは心なしか楽しそうに不思議だ。不思議だ。と呟いた。
*
トマトソースの香りが漂ってくる。
ロザリオが言うにはトマトソースと香草で煮た魚と、マッシュポテト、それに野菜のサラダという献立らしい。
トマトの香りに食欲を刺激されながらも、寺井は興味深そうに外を見る。
森は奥に行くに従い、寺井の見たことの無い植物が増えていく。
異常に巨大な薔薇の茎のようなものがうねり、有刺鉄線じみた緑の蔦が森の木々に、蜘蛛の巣のように立ち枯れになっている木々に巻き付いている。
日が暮れ、辺りが暗くなっていく。
残照の僅かな明かりのみが、森の奥からちらほらとライムグリーンの明かりが仄かに辺りを照らす。
発光する苔や、蛍のような虫の類が放つものだった。
徐々に走行するには暗すぎる状態になっていき、パトリシアは速度を落とす。
「もうしばらくしたら止まって休息にします」
そんな声が響くのと、同時に、視界が開けた。馬車の前に広がったのは泉だった。大きな満月とその前を横切る宙に浮く巨石群の影が水面に映りこみ、丁度二つの月が出ているように見える。
泉の周りの木々は造形こそ不気味だが、優しい色に光っていることもあり、不気味というよりは寧ろ幻想的であった。
パトリシアは速度を落としたまま、その泉の周りをまわるように、馬車をしばらく走らせる。
泉は夜でも辛うじて向こう岸が見えるほどの大きさだった。
馬車は徐々に速度を緩め、泉の岸のなかでもやや広くなっているところで止まった。
「このあたりで夜を明かします」
とパトリシアが宣言した。
そこは浜辺のような場所だった。
確かに海ではないはずだが、波はあるようで、寄せては返す水の音がかすかに聞こえている場所だった。
綺麗な波の音だった。
------------------------- 第15部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
三十五、指
【本文】
ふと、寺井は目を覚ました。
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中