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 彼女はどこからか取り出したオープンフィンガーグローブを両手に嵌めた。
 オープンフィンガーグローブとは、総合格闘技などで使われる防具で、その名の通り、指と場合によっては掌が露出しているグローブだ。投げ技や関節技サブミッションなども戦術の中にある総合格闘技においては、ボクシングのようなミトンタイプのグローブでは都合が悪く、かといって素手拳ベアナックルでは危険なため、オープンフィンガーグローブが採用されている。
 パトリシアのオープンフィンガーグローブには彼女の刺青タトゥーと同じ蹄鉄のマークが描かれており、燃えるような赤色をしていた。
「この刀は斬馬刀といってな、刀のなかでも特に長大なものをそう呼ぶ。一太刀で馬すら斬る刀。それが斬馬刀だ。なんとも誂え向きだ。そうは思わないか?」
 エリカはそう言って挑発するが、パトリシアは意に介さず、ブーツの紐がほどけていないか確認し、グローブの感触を確かめるように手を握ったり開いたりしていた。
 エリカはつまらなさそうな顔で肩に斬馬刀を担ぐ。そして、
「ラピス・エヴァンスに委任されし馬車馬よ。再度、決闘を申し込む」
「了解した」
 パトリシアは首肯してそう言う。
 そうして、決闘は始まった。



 パトリシアが了解した時点で、決闘は始まっている。
 しかし、二人は大きく距離を取ってたまま対峙しているだけで、動く気配はない。
 お互いに相手の出方を覗っているようなキンと冷え、張り詰めた鋼線のような空気が周囲に満ちていく。
 それはどちらからのアクションだったのか、二人はほぼ同時に腰を落とし、ぴたりと動きを止める。
 再び、世界が停止したように静まりかえる。
 ごくり、と、誰かが唾を飲み込んだ音が大きく響く。
 瞬間、二人の身体は、弾かれたように飛び出した。
 エリカのあまりの踏み込みに石畳は割れ、彼女の後を追うように粉塵が舞う。一方、パトリシアはエリカに勝るとも劣らない速度でありながらも、まるで風になっているように軽やかに疾駆する。
 双方ともに一撃で決めるという意志を漲らせたまま、走り、二人の距離は加速度的に縮まっていく。
 ぐん、と、パトリシアが更に加速した。エリカはすかさずそれに反応する。右肩に担がれた斬馬刀は袈裟斬りの軌道を描きながら、突っ込んでくるパトリシアの左肩に吸い込まれていく。
 エリカは勝ったと確信したように赤の瞳に愉悦の光を点す。
 だが、一瞬後、期待した手応えはエリカの右手に返ってはこなかった。
 斬馬刀を振り切った直後、エリカの耳に気合いを込めた声が突き刺さる。しかし、エリカにはなんと言ったのかは聞き取れなかった。同時に右の拳が顎に直撃し、エリカの意識は闇に落ちた。



 加速の直後に、即座に減速する。相手は急加速に反応して刀を振るうも、ギリギリ間合いの外で止まれるように減速した自分にはその攻撃は当たらない。
 当たり前だ。そう誘導しているのだから。
 常識を超える急加速と急減速。それは陸上を移動することに特化したケンタウロスだからこそ為し得る技だった。
 斬馬刀を振り切ったエリカの体勢は、攻撃も防御も出来ない崩れた体勢。
 すなわち死に体。
 パトリシアは右の拳に、鉄のイメージを込めながら固く握りしめ、右腕の筋肉を撓たわませる。
「鉄拳制裁メタルキャノン!」
 その発声と共に更に硬いイメージが強固になり、拳が放たれる。
 強引に地面に叩き付けるように繰り出された大砲のような一撃はエリカの顎を捕らえ、そのまま彼女の身体を石畳に叩き付ける。
 エリカの手から離れた斬馬刀がけたたましい音を立てながら石畳で跳ね、滑っていく。
 顎を直撃した必殺の拳はエリカの脳に捻転ダメージを与え、一瞬でその意識を奪い去った。
 頭部から地面に叩き付けられたエリカは白目を剥きながら全身を細かく痙攣させる。そして数秒後、足の間に水たまりが出来、ねっとりと絡みつくいやな臭いが周りに漂い始める。
 あまりに強烈な脳へのダメージが、神経に異常をきたし、失禁してしまったのだ。
「わたしの勝ちで良いな」
 パトリシアは感情のこもらない目でエリカを一瞥するとそう言って身を翻すと、決闘を見守っていたエリカの部下らしき淫魔達のほとんどが恐慌状態に陥った。
 数人の淫魔だけがエリカに駆け寄ると、気道の確保を行い、回復魔法らしきものをかける。しかし、彼女たちの予想以上にダメージが大きいのか、エリカは痙攣を続ける。
 淫魔族はほとんどの怪我から回復し、首を切られた状態からも再生する。もちろん殴られた位で死ぬはずは無いし、ダメージが残ってしまうことも無い。しかし、それが分かっていてもなお不安にさせるだけのものがあるのか、彼女たちは悲壮感に満ちた顔でエリカの手を握っていた。
 パトリシアはそんな様子に背を向け、馬車の所まで歩いてきた。
「お疲れ様、ありがとう」
 エヴァンスはそう言ってパトリシアを労う。
 勝負は正に一瞬で、一撃のやり取りで勝負が決したが、寺井にはまるで数時間の事のようにすら思えた。
「お役に立てれば幸いです」
 パトリシアはエヴァンスに応えてそう言うと、グローブを外し、左右のズボンのポケットに一個ずつ、強引に詰め込むと、再び引き具を持った。
「少し遅れましたから少し急ぎましょう」
 と言い、少しの休憩もなにもなく再び走り始めた。
「これが貴族というものだ。客人、これが淫魔における『力』だ」
 エヴァンスはそう言った。
 馬車は、道の真ん中で倒れているエリカと彼女に付き添っている数名の淫魔を避け、更に先へ進んだ。



二十八、紅
 噛むごとにしゃきしゃき音を立てる新鮮な緑の葉と、香辛料の利きいた燻製肉が挟まれており、噛むごとに口の中で溶ける。挟んでいるパンが若干硬く、好き嫌いの分かれそうな酸味のある味なのが寺井にとっては少し減点だったが、全体として質素ながら上品に纏まっている。
 サンドウィッチを食べて寺井はそんな風に感じた。
 ロザリオの作る料理はどれもおいしそうに見え、上品な味がするのだが、どこかしら癖があり寺井の口に微妙に合わない事が多かった。
 もちろん、不味くはない。ただ異国風の癖の強さに少し抵抗感があるのだ。初めて食べたエスニック系の料理に何となく慣れない感じを抱くような、そんな感触なのであって、決して不味いのではない。
 寺井はそんな風に頭の中で自問自答の様に言い訳をする。
 いや、しかしもしかすると、素材が良いものだからごまかされているだけで、実はロザリオの料理の腕はそれほどでも無いのではないだろうか。
 そんなことを考え始めた寺井はロザリオと目が合ってしまい、思わず逸らす。見つめ合ったら何かそんな考えが気取られそうで、寺井は何気ない感じを装いながら馬車前面の窓から外を見る。馬車を牽くパトリシアの後ろ姿が目に映り、寺井は先ほどの戦いを思い出し、思わずといった感じで呟く。
「パトリシアさんって、凄いんですね」
 巨大な剣、斬馬刀を振り回すエリカを、素手で伸してしまう。その実力は並々ではないという事は、素人でも分かる。
「なんであれだけ強いのに、馬車の牽き手なんてやっているんですか……?」
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中