著作権フリー小説アレンジ
例えば、淫魔には様々な種類が居ます。私たち姉妹はサキュバス。雷の売女をとめは天竜族、側近のカテリナ様は鍛冶妖精レプラコーンの淫魔です。私たちの他にも様々な種類の淫魔が居ます。
もっとも系統学のような学問は発達していませんので、系統分けは単に似た形質の者を纏めているだけなのですが。
……話が逸れましたね。このように多種多様な種族に分かれる淫魔ですが、そのほとんどが完全な人型をしています。その理由こそが収斂進化なのです。
人の形をしていることは、文明を発達させ効率の良い生活を送るのに適している。そのことに淫魔達は種族のレベルで気付き、人型に進化していくことを選択したのです。
そのため、淫魔達は種族に関係なくそのほとんどが完全な人型なのです。それぞれ自由に進化した結果としての人型への収斂なのです」
そんな事があり得るのか。寺井はとても信じられないという思いでそれを聞いていた。同時期に、魚から人に、蛙から人に、蜥蜴とかげから人に、鳥から人に、進化するようなものではないか。
「そんなこと……」
「有り得ないとお思いですか?
しかし、人間は生物の進化について、あくまで、『地球』という環境の一つの例を知っているに過ぎないのですよ。いかなる環境でも地球と同じような進化をする。と一般化できるほどの事例を識っている訳ではありません」
寺井は納得できないながらも、それに頷く。
「――そう言うわけで、パトリシア達ケンタウロスも、進化の末に半人馬の姿を棄てたのです」
「ということは、これから出会う淫魔は」
「そうですね、概ね、人型をしています」
そんなことを会話している間に、馬車は最初のカーブにさしかかった。
窓からの景色を見る限り、かなりの速度が出ている。それにも関わらず、 馬車はその速度を落とす気配を見せない。
その時になって初めて、寺井はこの馬車に、車なら本来在って然るべきのシートベルトのような身体を固定する器具が何も無いという事に気付いた。
「え、ちょ、この速度で曲がるんです?」
「大丈夫だ。心配するな」
寺井の不安を見越したようにエヴァンスがそう言った。その直後に、窓の外がぐるりと回る。寺井は思わず自分の座るソファにしがみついた。こんな速度でカーブを曲がったりすれば間違いなく遠心力で弾き飛ばされてしまう。
寺井は思わず目を瞑った。
――それは異様な感覚だった。
予期していたような強い力はかからない。
確かにカーブを曲がっているような感覚はあるのだが、ほとんど遠心力を感じない。
「パトリシアの運転技術を舐めて貰っては困る。彼女はソニペスの一族の中でも『最も安全』と言われているのだからね」
寺井がまず驚いたのは、エヴァンスが『運転技術』と表現したことだった。どうやら、この『遠心力によって弾き飛ばされるどころかほとんど感じない』状態は魔術のようなものではなく、純粋な物理現象の内側で起こっており、なおかつパトリシアの運転の技量に依って起こっているのだ。
「な、なるほど」
寺井は予期していた遠心力が来なかったことで逆にふらついてしまいながら、ソファに座り治した。
曲がりくねった道を、馬車は下っていく。
そのうちに、遠くの方に町並みが見えてきた。
「この下はいわゆる城下町のようなところです。『砂礫されきと平積みの街』」
ロザリオの説明を聞きながら、寺井はその町並みを眺める。まだ遠く離れておりよく見えないが、幾つもの立方体を重ね並べたような町並み。
その立方体はセメントや漆喰、土のようなもので出来ているらしく、やや赤茶けた色をしていた。耐震構造どころか物理法則すらあまり気に掛けていないような、適当に積み木を積んだような町並みだった。
「これから、この町を通り抜ける。たくさんの淫魔が住む街だが、そう恐れることはない。客人は中に居てくれれば大丈夫だ」
エヴァンスはそう言って、少し眠そうに目を閉じた。
二十七、鬼
※暴力的な描写があります。
山道を降り、広がる草原の平野を抜けた先、そこに大きな街が広がっていた。街は堀に囲まれ、更に人の二倍くらいの高さの塀に囲まれていた。
しかし、出入り口と堀に架かる橋は多く在り、歩いていける距離に一つから二つは架かっているようだった。
塀には所々に三つの正六角形が三角形を描くように重なる模様が描いてある。
「あれは、ラピス家の家紋です。この地を支配しているという証ですね」
と、ロザリオは補足した。
馬車はがたがたと橋を揺らしながら、街の中に入っていく。
立方体を重ねた家は、ロザリオの話によると集合住宅らしく、その窓からは時折物珍しげな視線が馬車に注がれていた。
しばらく行くと、何か柔らかくも甲高い音を立てながら煙の筋が空に向かって登って行った。
「何でしょう、伝令の一種ですかね?」
カテリナは少し不思議そうにそれを見て言う。カテリナにも分からないらしい。それほど気に留めるべき事ではないのか、カテリナはすぐに興味を失ったように窓の外に目を向けた。
「みなさん、そろそろお昼ご飯にしましょう」
街に入った頃から馬車の奥の方に行っていたロザリオが、銀のお盆を持ってこちら側に戻ってきた。
その上にはいくつかの皿とそれに載ったサンドウィッチが在る。
ロザリオはそれをテーブルの上に置くと、
「今お茶もお持ちしますね」
といって再び奥の方に行く。馬車の奥の方は簡単な厨房になっているようで、凝った料理こそ出来ないものの簡単な食事くらいならば作れるようになっていた。更に奥の方には寝室があり、まるで誂えたように四つのベッドがあった。
フルーツの風味を付けた紅茶のカップが三つと、やや深めの耐熱グラスに金属のストローを指したものが運ばれてくる。
「それではお昼に致しましょう」
ロザリオがそう言うと、彼女たち三人は目を閉じて俯いた。
そういえばそれがこの世界での「いただきます」の代わりだった事を思い出し、寺井もそれに倣ならう。
寺井はサンドイウィッチを手に取り、口に運ぼうとした。まさにその瞬間だった。
「止まれ、弱虫の貴族、石の一族よ!」
大音声だいおんじょうが響き渡り、パトリシアはブレーキを握りしめた。
鋼の車輪が軋み、緩やかに速度を落として止まる。
そこには女達が立っていた。何かの一族らしく、道一杯に広がって行く手を阻んでいる。
その女の壁の中から、一人の女性が進み出た。
虎の皮を丸ごと剥いだようなコートに身を包み、虎の顔をそのまま被ることが出来るようにしたフードを被っていた。俯いたならば、直立二足歩行の虎に見えるだろう。フードから見える髪の色は白く、瞳は鮮血で彩色したような赤だった。
その手には布に包まれた棒のようなものが握られている。それは、さほど小さくない彼女の身長よりも長く、布に包まれた状態でありながら重量感があった。
「この地を支配するにはあまりに弱虫すぎる貴族よ。ここで私が貴様を破る。貴族会議には貴様らの首を持って私が向かうこととしよう」
それを聞いて激昂したのはパトリシアだ。
「 , ―― Lapis...」
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中