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「早ければ今日の夜にも馬車が来ます。明日の朝までに、準備をお願いします」
「……ええと、俺も行くんですか?」
「ええ、お姉様はそのように。何より、無防備になった館に人間の雄を残していく方がよっぽど危険です」
 ロザリオはそう言って、いつものように抱えてきた換えの服をベッドの上に置いた。外に行くことも考えてか、いつもよりもしっかりとした作りのものだ。
 ややゆったりとした黒革のパンツに、綿めんの肌着、臙脂色のブラウスとほとんど黒に近い青緑のロングコートという組み合わせだった。
「外に出られるような服で寺井様が着られるような服はこれと後数点しか在りませんでした。どうかご了承ください」



 日が沈み、夜が更け、時が流れ、天球が回転する。星々が徐々に空を横切っていく。
 エヴァンスはその様子を窓から眺めていた。
 眠りたくなかった。
 眠気がない訳ではない。だが、それ以上に、寝てしまいたくないという意志が勝っていた。
 きっと今眠ったら、また昨日の夢の続きを見るだろう。
 エヴァンスにはそれが恐ろしかった。
 まるで、絶対に知ってはならない解答にたどり着いてしまいそうな、そんな予感。それだけが、エヴァンスの中に落ちていた。
 空が白んでくる。
「そろそろ馬車が来る頃だろうか?」
 エヴァンスは窓に向かってそう呟く。
 ロザリオはそう言った。確かに、ソニペスの一族はラピス家の傘下にある馭者ぎょしゃの一族だ。だが、元々ラピス家の本家とはやや離れた付き合い方をしていた。一九七五年の一件以降は一度の文ふみも送ってはいない。
 三十五年も連絡を取っていない相手に対して、「明日来い」などと言うのは例え相手が傘下の者であっても無礼だろう。
「すまないな。それでも成したいことがあるのだ。いや、成させてはならない事……かな」
 エヴァンスはそう呟いた。



「寺井様」
 ゆさゆさと揺さぶられ、寺井は目を覚ます。久々に自然な覚醒以外の方法で目覚めた寺井は、気怠けだるげに辺りを見回した。
「そろそろ出発でございます」
「……すみません。俺、寝坊してしまったんですね」
 寺井はそう言うと、寝相の悪さから開はだけたローブを直し、ベッドから起き上がる。
「いえ、問題ありません。二度寝だけはなさらないようにしてくださいね」
 ロザリオはそう言うと、足早に出て行った。恐らく積み荷などがあるのだろう。
 寺井は昨日渡された服に袖を通す。見た目よりもずっと丈夫そうな作りで、多少のことでは破けそうにない。
 そのことが却って寺井の中に何とも言えない不安にも似た感情を抱かせるが、それを振り払うように剣を抜き放った。
 頼もしい重量感と空気を切り裂く時の気持ちの良い音。それを確かめ、寺井は剣を鞘に戻し、鞘に結ばれた紐を腰のベルトにしっかりと結わえた。
 ずしりと、腰に重みを感じ、寺井はそれを確認してから部屋を出た。
 扉を閉める直前、此処に再び戻ることがあるのか分からないと言うことに気付き、寺井は部屋をもう一度見た。
 忘れ物は無い。そもそも、自分の持ち物など何一つ無いのだ。
 否、ただひとつ、ある。
 下賜かしされた剣だけが腰で存在感を主張していた。



二十六、馬車を牽く馬
 屋敷の玄関から外に出ると、巨大な馬車があった。
 その大きさはちょっとした家くらいはありそうである。無論ラピス家の屋敷と比べるほどの大きさでは無いが、それでも十分に大きい。もはや『馬車』という単語で補える大きさではない。これだけ大きな馬車を引くとしたら一体何頭の馬が必要になるのか。寺井には見当も付かなかった。
 馬車は黒檀のような黒い木で出来ているようで、磨かれて光っており、天井を支える四本の柱にはそれぞれ人面の蛇の彫刻が施されていた。
 四つの面にはそれぞれ大きな黒っぽいガラスが填め込まれている。どうやら、外からは内側が見えない構造になっているらしかった。
 一般的な馬車というものがどんなものなのか寺井にはよく分からないが、広いテラスのようなものが馬車の左右にあるし、馬車の上にも手すりがあり、屋上のようなスペースもある。
 前に回って見てみると、 馬と接続する部分らしき引き具には自転車のブレーキのようなものがついていた。留め具か何かだろうかと寺井は推測する。
「客人、おはよう」
 そう言いながらエヴァンスは寺井の横を通り過ぎる。寺井が挨拶を返すと、エヴァンスは頷き、馬車に向かって大きな声を出す。
「ソニペスの者よ、急な頼みに応じてくれてありがとう。心から感謝する」
 その瞬間、馬車の中から一人の女性が現れた。ブラウンの髪はショートカット。活発そうな顔つきをした女性だった。その目に映る色はどこかしら気怠げで、少し眠そうでもある。
 女性は深く暗いグリーンのレザーパンツに底を高くしたブーツを履いており、豹柄のキャミソールという出で立ちで、むき出しの両肩には蹄鉄ていてつをモチーフにしたマークの刺青タトゥーを入れていた。
 彼女は少し意外そうな顔でエヴァンスを一瞥すると、頭を掻きながら文句を言った。
「全く、知らせが遅い。遅くとも数日前には言っておくべき……」
 そこで、彼女はもう一度エヴァンスを見る。何かに気付いたのか、少し目を大きくし、
「まさか――、エヴァンス様?」
 そう半信半疑と言った調子で訊ねた。
「そうだ。――ああ、この身体の事は知らないのだったな。それに、髪も少し伸びた」
 エヴァンスは肘までの右腕を上げながらそう言った。肘の先で、余った袖が垂れ、ひらひらと揺れる。
「な、なななな、なっ! とんだご無礼を申しました。三十五年の間に随分お変わりになられ、本人だとはついぞ思わず……」
 その女性はしどろもどろになりながら跪ひざまずく。
「そう畏まるな。こちらもあまりに急で無礼だった。謝罪しよう」
「は、はい……。やはりその身体……」
「ああ、三十五年前の事件でな。こんな身体になった私でも、仕えてくれるか?」
「ええ、私たちソニペス一族がラピス家に抱いている恩は、そのくらいで無くなるようなものではありません」
「しかし」
「いえ、エヴァンス様。……例え、エヴァンス様がどんなお体になったとしても、エヴァンス様はエヴァンス様です」
 そのやり取りを聞いて、寺井は何か、ずきりと心に棘が刺さったような、そんな気分になった。それが何に由来するのか、寺井には分からなかったが、なにか太い釘でも打ち込まれたような気分だった。
「ありがとう。それでは、文ふみの通り、『鳥瞰する中央の塔』まで、よろしく頼むぞ」
 エヴァンスそう言うと、少し何かを懐かしむような哀しい目をした。それから、ふと気付いたように口を開く。
「そうだ、ソニペスの者よ。会うのが久しく名前を忘れてしまった。申し訳ないことだ。かつて聞いた事があったように思うが、どうにも思い出せない」
 その言葉を聞いて、彼女は顔を上げる。そしてエヴァンスを見つめながら、言った。
「私の名前は、Patriciaパトリシア。Sonipesソニペス Patriciaパトリシアです」
「パトリシア。ああ、思い出したぞ。危険な場所へ馬車で行く時はいつも君だったな」
 パトリシアはええ、と静かに微笑んだ。


作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中