著作権フリー小説アレンジ
いや、本当はエヴァンス自身、薄々その『本心』に気づいてはいる。しかし、それは、後一歩思い出せない答えや、決して出してはいけない答えに手を伸ばしているような感覚だった。
「さて、納得してもらえたか?」
エヴァンスが自分の本心について考えを巡らせている間、誰も口を開かなかったので、エヴァンスはそう確認するように言った。
シャーロットは、コクリ、と小さく頷いた。しかし、はっと何かに気付いた様な顔をして、口を開く。
「どうやって『鳥瞰する中央の塔』に行くつもりかにゃ?」
「そりゃあ、陸路に決まっているだろう。飛ぶための翼も、既に――」
エヴァンスはそこまで言ってやや不機嫌そうに言葉を切った。自分の持っていないものを他人に晒すのは、その相手との距離にも夜が、概ね不快なことだ。
「そんな、陸路なんて危険すぎるにゃ」
「何が危険なものか。五大貴族の一角がそんなことも出来なくてどうする」
エヴァンスは表情を変えずにそう言ったのに対し、シャーロットは、眉間に皺を寄せる。
「ええと、陸路で行くのは、そんなに危険なんですか? 二人は、淫魔の中で最も強い五人の内の二人なんでしょう? そもそも、淫魔はとても死ににくいって話じゃ……」
「寺井様。それでも陸路で行くのは危険なのです」
そう言ったのはシャーロットの隣に座り、それまで黙々と料理を口に運んでいたカテリナだった。
「そうですね、例えば、寺井様がそちらの世界で最強の武道家だったとして、大型の肉食獣が多くいるジャングルで野宿をしながら何十キロも歩くことが出来るでしょうか?」
と、訊ねた。寺井は思う。例え最強の武道家であってもそれほどの無茶は不可能と言って良いだろう。
「無理だと思います」
「そうですね。恐らく無理でしょう。それと同じなのです。強さの方向性が違うのです。
それから、私たちは確かにそう簡単には死にません。ですが、死なないわけではけしてないですし、ほとんど死んでいるのと変わらない状態にするのはそう難しい事ではないのですよ」
カテリナはそう言い終えると、視線を自分の皿に戻し、寺井からはローストチキンのように見える料理に手を伸ばした。
『強さの方向性が違う』寺井はその言葉になるほどと頷く。
「……これは証明なのだ」
エヴァンスはそう口を開く。
「例え、自分一人の力でなくとも、陸路で五大貴族会議の会場、『鳥瞰する中央の塔』にたどり着く。これは大きな意味を持つ。貴族としての力を、まだ失っていないという証明としてな」
「そう言うことなら、わかったにゃ。ただし、途中で封印状態になった場合、五大貴族会議に間に合わなかった場合、トニトルス家にとって不利益になると言うことも理解して貰いたいにゃ。こちらから大型の飛行型淫魔を出すことも――」
「くどい」
エヴァンスはシャーロットが出そうとした提案を一蹴する。
「例え危険を犯しても、陸路で行くには意味がある。それに、他貴族に飛行型淫魔など出してもらって、おんぶに抱っこな状態で会場に着いた私に貴族としての威厳などどこに在るというのだ」
「……わかったにゃ」
シャーロットはそれから少し、思案するように目を瞑り、額に指を当てる仕草をした。
そして、シャーロットはカテリナにこそりと耳打ちをする。
その内容はテーブルの向かい側には聞こえなかったが、カテリナがやや驚くように目を大きく見張ったのだけが見て取れた。
「なにか、あるか?」
「にゃ。陸路で行くならば、こちらから、カテリナを用心棒として付けさせて頂きたい」
エヴァンスは、反射的に不要だと言おうとした。しかし、それは別にエヴァンスの事を心配したという事だけが理由ではない。本当にちゃんと『鳥瞰する中央の塔』に行くのか、その監視役というわけだ。
「わかった。気は進まないが受けよう」
エヴァンスはそう言ってカテリナに「よろしく頼む」と言った。カテリナも、「よろしくお願いします」と返す。
「陸路で行くなら出発ははやいほうがいいにゃ」
「分かっている」
エヴァンスは短くそう言ったところで、気になったのか、寺井がそれに質問した。
「ええと、陸路って具体的にどうやって行くんですか? まさか、歩いて?」
その問いにエヴァンスは首を振る。
「まさか。貴族の家なのだから馬車くらいある」
と返した。
そのやり取りを待って、シャーロットは口を開く。
「それでは、契約の確認をしようかにゃ。
トニトルス家は『ラピス家が五大貴族の一角として続投することを承認する』にゃ」
それに続けて、エヴァンスが口を開く。
「ラピス家は五大貴族続投を承認されている場合、『人界牧場化計画が提案された時、否決する』……了解だ。契約成立だ。……契約不履行の時はどうするか決めているか? 私の方からは特に無いな。そもそもそちらに敢えてラピス家を弾く意味がない」
シャーロットは数瞬考え、
「……その車椅子の破壊。及びノウハウの破棄」
「その程度でいいのだな」
エヴァンスは顔色を変えずにそう言う。シャーロットはにやりと笑いながら頷いた。その笑みの中には、『そうしないことを信じている』という言外の圧力と、『そうなって困るのはそっちの方だ』という強い牽制が込められていた。
シャーロットは思う。エヴァンスならば、自分のこれからの未来、行動を制限してまで復讐の道など選ばないだろう。
視線が交錯し、それぞれの思惑が絡み合った。
「契約成立だな。それでは、五大貴族会議ではよろしく頼むぞ」
エヴァンスがそう言って、昼食会は終了した。
------------------------- 第13部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
幕間:出立
【本文】
ロザリオは昔から愛用のガラスペンをペンスタンドに置く。螺旋状の切れ込みにそってインクの黒い線が流れ、ゆっくりとそれが下溜まり、スタンドの下に落ちる。
ロザリオは書いたばかりの羊皮紙を再度確認し、それをくるくると巻きながら部屋の外に出た。昇降機エレベイターに向かい、レバーを『屋上』の位置まで上げる。
昇降機はぎしぎしと音を立て、ゆっくりと上昇し、ほんの数十秒で屋上に到着した。
ロザリオは丸めた羊皮紙を右手で握り潰した。すると、同時に手の甲から産まれるように純白の鳥が生まれた。鳩のようにも見えるが、人界の鳩に比べると幾分か鋭角的で細い印象を与えるフォルムだった。その純白は、ロザリオが纏う黒と対照的だった。
「ソニペス一族の処トコロへ」
ロザリオは、鳩に口を寄せてそう呟くと鳩は了解したとばかりにその場で一回羽ばたくと、ロザリオの腕から飛び立った。
「果たして、届くでしょうか」
ロザリオは、そう呟いた。
*
ロザリオが、服を抱えて寺井の部屋に入ってきた。
ローブの上半身部分を脱いで腰に巻き、先程手に入れた剣で軽く素振りをしていた寺井はノックの音に気付かなかったようで、ロザリオを見て驚いた。
「部屋の中で素振りをするなとは言いませんが、部屋のものを壊さないでくださいね」
ロザリオはやや呆れ気味に目を細め、それから用件を伝えるため、真剣な顔になった。
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中